本郷は、顔色一つ変えずにてきぱきと服を脱いでいく。上を脱ぎ、下を脱ぎ、淡々と続けて、いさぎよくブリーフも脱ごうとしたところでマダムが止めた。
「そこまででいいわ。おまえはジョンに、従順な飼い犬のお手本を示してくれたから、それは許してあげる。さあゴン、首輪が届くまで、どんな格好で待つの?」
マダムが優しい声音で聞いた。
待ての状態の犬ってことだな。つまり、おすわりか? 本郷は静かに膝をつき、両手を床について前屈みの体勢になった。その一連の動作を、マダムは満足げに見つめていた。
本郷が淡々と服を脱いでブリーフ一枚になるまで、一休は、内心困惑しながら見守っていた。マダムに逆らえばすぐにでも激しい仕置きが待っているだろうと覚悟していたのに、ことはそう単純ではなかった。いつの間にかターゲットが自分から本郷に変わってしまっているようで、覚悟を決めていたからこそ余計に、肩すかしを食らったような、本郷に申し訳ないような、複雑な心境だった。
本郷さんにどこまでやらせるのだ。本郷さんもずっとおとなしく従い続けるのか。本郷さんは、もしかしたらオレの身代わりにあんなことをさせられているんじゃないのか。オレはただぼんやり見ているだけでいいのか。オレがしつけのなってない野良犬なら、いっそ間に割って入って、マダムに飛びかかろうか?
本郷が待ての格好をした時、一休は、自分のとるべき態度をまだ決めかねたまま、思わず「ゴン!」と小さく叫んだ。
マダムは、一休の方に鋭い視線を飛ばした。
「うるさい野良だね。お黙り!」
叱責の声とともに、一休の頬を激しく平手打ちする。鼓膜にでも響きそうな強烈な一撃だったが、その痛みはどうでもよかった。うるさい野良として、今度ははっきり吠えた。「ゴン!」
待ての姿勢のままのゴンが、一休に冷めた視線を向け、鋭く言い放った。
「私は従順な飼い犬だ。野良犬のおまえとは違う。黙って見てろ!」
「ほんとにものわかりのいい子ね、ゴンは」
マダムは、まさに飼い犬を褒めるような手つきで、本郷の頭をなでる。
自分がターゲットになるまで、今はただおとなしく見守るしかないのか。本郷さんにまで叱られたのでは致し方ない。たぶん、もうちょっとの辛抱だ。こうやって見せられたくないものを見せられるのも、心理的な駆け引きのひとつなのかもしれない。一休はぐっと歯を食いしばり、次の言葉を飲み込んだ。
そのとき執事が、首輪を持って現れた。
「さあ、飼い犬の証を、おまえに授けてあげようね、ゴン。ありがたく受けるんだよ」
前屈みの状態の本郷は、なるべく首輪をつけやすいように、こころもち首を突き出すようにして待っている。マダムが、その時間を楽しむように、ゆっくり丹念に首輪をつける。頑丈そうな革の首輪。ちょうど喉のあたりに金属の環がついている。その環にチェーンや他の環をジョイントしたりして臨機応変に拘束しやすいように細工されているのだろう。オレもあとで、あんな首輪をつけることになるのだろう。一休は、自分に無理強いするような気分で、じっと本郷の姿を見つめ続けた。
本郷が、どんな心理状況にあるのかは、自分の身に置き換えて想像するしかなかった。歯を食いしばって屈辱に耐えているのか? それとも意外に淡々と冷静なのか? どっちにしろ、自分がやられていたほうがよほど楽だ。ただ見ているだけというのはどうしてこんなに歯がゆいのか。
「いい子だったわね、ゴン。おまえにご褒美をあげよう♪」
マダムは片足のつま先を、ぐいと本郷の口元に突きつけた。それを見た一休は衝動的に飛び出した。だめだ。もう我慢できない。自分の身に降りかかることならいくらでも耐えてやる。その覚悟で来たのだ。どんな屈辱だろうと歯をくいしばってやる。でも、これはない。オレの試練のために、本郷さんはここにいるのだ。原因はオレだ。なのに、オレの目の前で、本郷さんに、靴を舐めさせるわけにはいかない。本郷さんに、そこまでやらせるわけにはいかない。オレは野良犬らしく振る舞ってやる。しつけのなってない野良犬。感情的で、自制の効かない野良犬だ。さあ、粗野な野良犬のオレを調教してみろ!
一休は本郷を突き飛ばすようにしてマダムのつま先と本郷の間に割って入ると、自分自身しゃがみ込みながら、なるべくそっとマダムのヒールのつま先を両手で包み込んだ。そして、下から仰ぎ見るようにしてマダムと視線を合わせた。
「なに? ジョン、おまえが舐めたいの?」
「野良ですので、礼儀を、知りません」
そう答えながら、ゆっくりマダムの足を床におろした。そして、まるで足蹴にしてくれといわんばかりにそのまま頭を下げたので、結果的に一休は、ほぼよつんばいの体勢となった。
「まったくだね。ゴンにやろうとしたご褒美を邪魔したりして!」
マダムは、一休の期待に応えるように(?!)、勢いよく肩のあたりを足蹴にする。打ち所が悪いと危険なので、もちろん頭は避けた。
ピンヒールが肩に食い込む。一休は、かすかにうめいたが、体勢を崩すことなくなんとか踏みとどまった。一休が無言で耐えたので、マダムは今度は脇腹を蹴った。一休はよつんばいのままぐっと両手を握りしめて、再びうめき声を殺した。
マダムは、もう二、三度、一休を蹴飛ばして、床にはいつくばらせてみたかったが、楽しみは後にとっておくことにした。本番はこれからだ。
それにしても、なんという子だろう。さっき、ゴンに待ての姿勢をさせたときの反応を見て、よもやとは思ったが、だからこそ、ゴンをエサにして挑発してみたが、ここまで望み通りの反撃に出てくれるとは思わなかった。なんて、楽しみな子。
「さあ、ゴン。このどうしようもない野良を徹底的にしつけるよ。手伝っておくれ。調教専用の部屋がある。ゴンも初めてだったわね? 私の自慢の部屋よ。さ、行きましょう♪」
「そこまででいいわ。おまえはジョンに、従順な飼い犬のお手本を示してくれたから、それは許してあげる。さあゴン、首輪が届くまで、どんな格好で待つの?」
マダムが優しい声音で聞いた。
待ての状態の犬ってことだな。つまり、おすわりか? 本郷は静かに膝をつき、両手を床について前屈みの体勢になった。その一連の動作を、マダムは満足げに見つめていた。
本郷が淡々と服を脱いでブリーフ一枚になるまで、一休は、内心困惑しながら見守っていた。マダムに逆らえばすぐにでも激しい仕置きが待っているだろうと覚悟していたのに、ことはそう単純ではなかった。いつの間にかターゲットが自分から本郷に変わってしまっているようで、覚悟を決めていたからこそ余計に、肩すかしを食らったような、本郷に申し訳ないような、複雑な心境だった。
本郷さんにどこまでやらせるのだ。本郷さんもずっとおとなしく従い続けるのか。本郷さんは、もしかしたらオレの身代わりにあんなことをさせられているんじゃないのか。オレはただぼんやり見ているだけでいいのか。オレがしつけのなってない野良犬なら、いっそ間に割って入って、マダムに飛びかかろうか?
本郷が待ての格好をした時、一休は、自分のとるべき態度をまだ決めかねたまま、思わず「ゴン!」と小さく叫んだ。
マダムは、一休の方に鋭い視線を飛ばした。
「うるさい野良だね。お黙り!」
叱責の声とともに、一休の頬を激しく平手打ちする。鼓膜にでも響きそうな強烈な一撃だったが、その痛みはどうでもよかった。うるさい野良として、今度ははっきり吠えた。「ゴン!」
待ての姿勢のままのゴンが、一休に冷めた視線を向け、鋭く言い放った。
「私は従順な飼い犬だ。野良犬のおまえとは違う。黙って見てろ!」
「ほんとにものわかりのいい子ね、ゴンは」
マダムは、まさに飼い犬を褒めるような手つきで、本郷の頭をなでる。
自分がターゲットになるまで、今はただおとなしく見守るしかないのか。本郷さんにまで叱られたのでは致し方ない。たぶん、もうちょっとの辛抱だ。こうやって見せられたくないものを見せられるのも、心理的な駆け引きのひとつなのかもしれない。一休はぐっと歯を食いしばり、次の言葉を飲み込んだ。
そのとき執事が、首輪を持って現れた。
「さあ、飼い犬の証を、おまえに授けてあげようね、ゴン。ありがたく受けるんだよ」
前屈みの状態の本郷は、なるべく首輪をつけやすいように、こころもち首を突き出すようにして待っている。マダムが、その時間を楽しむように、ゆっくり丹念に首輪をつける。頑丈そうな革の首輪。ちょうど喉のあたりに金属の環がついている。その環にチェーンや他の環をジョイントしたりして臨機応変に拘束しやすいように細工されているのだろう。オレもあとで、あんな首輪をつけることになるのだろう。一休は、自分に無理強いするような気分で、じっと本郷の姿を見つめ続けた。
本郷が、どんな心理状況にあるのかは、自分の身に置き換えて想像するしかなかった。歯を食いしばって屈辱に耐えているのか? それとも意外に淡々と冷静なのか? どっちにしろ、自分がやられていたほうがよほど楽だ。ただ見ているだけというのはどうしてこんなに歯がゆいのか。
「いい子だったわね、ゴン。おまえにご褒美をあげよう♪」
マダムは片足のつま先を、ぐいと本郷の口元に突きつけた。それを見た一休は衝動的に飛び出した。だめだ。もう我慢できない。自分の身に降りかかることならいくらでも耐えてやる。その覚悟で来たのだ。どんな屈辱だろうと歯をくいしばってやる。でも、これはない。オレの試練のために、本郷さんはここにいるのだ。原因はオレだ。なのに、オレの目の前で、本郷さんに、靴を舐めさせるわけにはいかない。本郷さんに、そこまでやらせるわけにはいかない。オレは野良犬らしく振る舞ってやる。しつけのなってない野良犬。感情的で、自制の効かない野良犬だ。さあ、粗野な野良犬のオレを調教してみろ!
一休は本郷を突き飛ばすようにしてマダムのつま先と本郷の間に割って入ると、自分自身しゃがみ込みながら、なるべくそっとマダムのヒールのつま先を両手で包み込んだ。そして、下から仰ぎ見るようにしてマダムと視線を合わせた。
「なに? ジョン、おまえが舐めたいの?」
「野良ですので、礼儀を、知りません」
そう答えながら、ゆっくりマダムの足を床におろした。そして、まるで足蹴にしてくれといわんばかりにそのまま頭を下げたので、結果的に一休は、ほぼよつんばいの体勢となった。
「まったくだね。ゴンにやろうとしたご褒美を邪魔したりして!」
マダムは、一休の期待に応えるように(?!)、勢いよく肩のあたりを足蹴にする。打ち所が悪いと危険なので、もちろん頭は避けた。
ピンヒールが肩に食い込む。一休は、かすかにうめいたが、体勢を崩すことなくなんとか踏みとどまった。一休が無言で耐えたので、マダムは今度は脇腹を蹴った。一休はよつんばいのままぐっと両手を握りしめて、再びうめき声を殺した。
マダムは、もう二、三度、一休を蹴飛ばして、床にはいつくばらせてみたかったが、楽しみは後にとっておくことにした。本番はこれからだ。
それにしても、なんという子だろう。さっき、ゴンに待ての姿勢をさせたときの反応を見て、よもやとは思ったが、だからこそ、ゴンをエサにして挑発してみたが、ここまで望み通りの反撃に出てくれるとは思わなかった。なんて、楽しみな子。
「さあ、ゴン。このどうしようもない野良を徹底的にしつけるよ。手伝っておくれ。調教専用の部屋がある。ゴンも初めてだったわね? 私の自慢の部屋よ。さ、行きましょう♪」
マダムは、二人がついてくることをみじんも疑わないような颯爽とした足取りで、後ろを振り返ることなく廊下を進む。鋭いピンヒールの音が、周囲の壁に反響した。歩きながら、自分の後に付き従ってくる二人を、おそらく淡々とした態度で歩いている二人の姿を、ふと想像した。まったく、面白いコンビだわ・・。
ゴンには、以前から興味があった。機会があればプレイしてみたかった。常に冷静沈着な、まさに軍人の立ち居振る舞い。そこから漂うストイックな感じ。今回初めて裸体を見たが、想像していた通り、筋肉質のいい身体をしていた。女性からももてるだろうに、恋愛事は淡泊なのか、女性の影をぜんぜん感じさせない硬派のイケメン。その気になれば多くの女がしっぽを振るだろうに、自分の容姿にも無頓着なのだろう。ああいう、精神も肉体も鋼鉄のような男をこそ、ひいひい言わせてみたい。顔を苦痛にゆがめ、涙を流すところを見てみたい。
でも、今回、ゴンが連れてきたジョンも、また違う魅力がある。大人の男として開花する前の青い蕾。セックスもおそらく未経験だ。初々しい少年の眼差し。でも、その中に、ゴンに負けず劣らずの強靱な精神をちらりと感じさせる。あの青い蕾が大輪の花として美しく花開いていくその過程に、もしかしたら立ち会うことができるかもしれない。
これからの数日、あの子の様々な表情を、のたうち回る裸体を、飛び散る汗と血を、苦痛の涙を、そしてその果ての恍惚の表情を、たっぷり満喫させてもらうのだ。なんと楽しみなことだろう。命を奪う以外なら何でも、ジョンに受け入れることができるなら何でも、とゴンからこっそり許可をもらってある。本格レッスンに臨む前の、ゴンが用意するのとは別バージョンのレッスンということだろうが、私は私なりに、あの子に本気でレッスンさせてもらう。
それにしても、あの坊や。基本的には女性に対して紳士だ。私の足をそっと両手で包み込んだあの手つき。飛び込んできた勢いからして、そのままぐいとつかまれて、乱暴に床に押しつけられるかと、一瞬、覚悟したのだが。あの状況で、突発的に割って入ったはずなのに、それでもなお、あの、柔らかくて慎重な身のこなし。女性を手荒に扱ったことなどないのだろう。やっぱりいいとこのお坊ちゃんなのだ。そして、あの歳で、常に感情をコントロールできる冷静さがあるのだ。意外に殻は固いかもしれない。しかし、その殻を破って、その中の、柔らかい、ナマの感情を、きっと、露出させてみせる。
背筋を伸ばし、規則正しくヒールの音を響かせてマダムが行く。本郷は、まるで犯罪者を引き立てていくような強引な感じで一休の右腕をぐいとつかみ、マダムの忠実な飼い犬よろしく後に従っていた。となりの一休は、これから起こるはずのことへの内心の緊張があるのかないのか、相変わらず表情は読めない。
それにしても、一休殿は、またしても絶妙のタイミングで罠に飛び込んできた。マダムもまるで一休殿のあの反応を期待していたようだった。マダムの読みもたいしたものだ・・。ま、一休殿の性格を考えれば予測しておくべき事態だったか。だからこそマダムも、私にあそこまでやらせたのだろうが。私もうっかり乗せられてしまった。
スパイとして一通りの経験は積んできたが、犬扱いをされたのは、幸か不幸かこれが初めてだからな。終始冷静なつもりでも、多少は動揺していたのだろう。マダムのターゲットになっていた最中、状況の分析が若干、遅れていたようだ。
しかし一休殿があれほど勢いよくあそこに飛び込んでくるとは。それほど動揺する場面ではなかったはずだ。
まあ確かに、足を舐めるのは、それなりの覚悟がいるだろうが、心臓に毛の生えた私にはそれくらい動ぜずこなせる。そして一休殿も、もし一休殿自身がやらざるを得ない事態になったら、おそらく開き直ってこなすだろう。しかし、一休殿は、私がそうするのをおとなしく見ていられなかった。
ということは、私自身も、一休殿を追い込むための道具として使われる可能性が、これからもあるのか。ふむ。一休殿は身近な人間の苦境を黙って見過ごせない。親しい人間が苦しむよりは、その何倍の苦しみだろうと躊躇せず自分の身に引き受けようとする。これはある意味、一休殿の弱点だな。今後の課題として、肝に銘じておかなければ。それにしてもさすがマダム。一休殿のそんな傾向を、この短時間で見抜くとは。
でもこれは、やはり一休殿には、一言、忠告しておいたほうがいいな・・。
本郷は、つかんでいる腕をもっと身近に引き寄せ、耳元でささやいた。
「ジョン、気をつけろ。あそこで飛び込んで来たのはおまえの弱さだ。おまえは、私のことは放っておくべきだった。私だって自分の面倒ぐらい自分で見られる。おまえに心配してもらう必要はない。おまえは自分の面倒だけ見てろ。これからはもう二度と、私の場面にしゃしゃり出てくるな。警告しておく」
「・・はい」一休は一切反論せず、素直にひとこと頷いた。
ゴンには、以前から興味があった。機会があればプレイしてみたかった。常に冷静沈着な、まさに軍人の立ち居振る舞い。そこから漂うストイックな感じ。今回初めて裸体を見たが、想像していた通り、筋肉質のいい身体をしていた。女性からももてるだろうに、恋愛事は淡泊なのか、女性の影をぜんぜん感じさせない硬派のイケメン。その気になれば多くの女がしっぽを振るだろうに、自分の容姿にも無頓着なのだろう。ああいう、精神も肉体も鋼鉄のような男をこそ、ひいひい言わせてみたい。顔を苦痛にゆがめ、涙を流すところを見てみたい。
でも、今回、ゴンが連れてきたジョンも、また違う魅力がある。大人の男として開花する前の青い蕾。セックスもおそらく未経験だ。初々しい少年の眼差し。でも、その中に、ゴンに負けず劣らずの強靱な精神をちらりと感じさせる。あの青い蕾が大輪の花として美しく花開いていくその過程に、もしかしたら立ち会うことができるかもしれない。
これからの数日、あの子の様々な表情を、のたうち回る裸体を、飛び散る汗と血を、苦痛の涙を、そしてその果ての恍惚の表情を、たっぷり満喫させてもらうのだ。なんと楽しみなことだろう。命を奪う以外なら何でも、ジョンに受け入れることができるなら何でも、とゴンからこっそり許可をもらってある。本格レッスンに臨む前の、ゴンが用意するのとは別バージョンのレッスンということだろうが、私は私なりに、あの子に本気でレッスンさせてもらう。
それにしても、あの坊や。基本的には女性に対して紳士だ。私の足をそっと両手で包み込んだあの手つき。飛び込んできた勢いからして、そのままぐいとつかまれて、乱暴に床に押しつけられるかと、一瞬、覚悟したのだが。あの状況で、突発的に割って入ったはずなのに、それでもなお、あの、柔らかくて慎重な身のこなし。女性を手荒に扱ったことなどないのだろう。やっぱりいいとこのお坊ちゃんなのだ。そして、あの歳で、常に感情をコントロールできる冷静さがあるのだ。意外に殻は固いかもしれない。しかし、その殻を破って、その中の、柔らかい、ナマの感情を、きっと、露出させてみせる。
背筋を伸ばし、規則正しくヒールの音を響かせてマダムが行く。本郷は、まるで犯罪者を引き立てていくような強引な感じで一休の右腕をぐいとつかみ、マダムの忠実な飼い犬よろしく後に従っていた。となりの一休は、これから起こるはずのことへの内心の緊張があるのかないのか、相変わらず表情は読めない。
それにしても、一休殿は、またしても絶妙のタイミングで罠に飛び込んできた。マダムもまるで一休殿のあの反応を期待していたようだった。マダムの読みもたいしたものだ・・。ま、一休殿の性格を考えれば予測しておくべき事態だったか。だからこそマダムも、私にあそこまでやらせたのだろうが。私もうっかり乗せられてしまった。
スパイとして一通りの経験は積んできたが、犬扱いをされたのは、幸か不幸かこれが初めてだからな。終始冷静なつもりでも、多少は動揺していたのだろう。マダムのターゲットになっていた最中、状況の分析が若干、遅れていたようだ。
しかし一休殿があれほど勢いよくあそこに飛び込んでくるとは。それほど動揺する場面ではなかったはずだ。
まあ確かに、足を舐めるのは、それなりの覚悟がいるだろうが、心臓に毛の生えた私にはそれくらい動ぜずこなせる。そして一休殿も、もし一休殿自身がやらざるを得ない事態になったら、おそらく開き直ってこなすだろう。しかし、一休殿は、私がそうするのをおとなしく見ていられなかった。
ということは、私自身も、一休殿を追い込むための道具として使われる可能性が、これからもあるのか。ふむ。一休殿は身近な人間の苦境を黙って見過ごせない。親しい人間が苦しむよりは、その何倍の苦しみだろうと躊躇せず自分の身に引き受けようとする。これはある意味、一休殿の弱点だな。今後の課題として、肝に銘じておかなければ。それにしてもさすがマダム。一休殿のそんな傾向を、この短時間で見抜くとは。
でもこれは、やはり一休殿には、一言、忠告しておいたほうがいいな・・。
本郷は、つかんでいる腕をもっと身近に引き寄せ、耳元でささやいた。
「ジョン、気をつけろ。あそこで飛び込んで来たのはおまえの弱さだ。おまえは、私のことは放っておくべきだった。私だって自分の面倒ぐらい自分で見られる。おまえに心配してもらう必要はない。おまえは自分の面倒だけ見てろ。これからはもう二度と、私の場面にしゃしゃり出てくるな。警告しておく」
「・・はい」一休は一切反論せず、素直にひとこと頷いた。
それはまさしく拷問部屋というにふさわしい部屋であった。外光が入るような窓は一切ない。地下牢を思わせるような陰鬱で不気味な雰囲気。暗く揺らめく照明。正確な使用方法は分からずとも、その残酷さはなんとなく漂っている器具、道具の数々。手足を簡単に拘束できる椅子や寝台。片隅にむき出しの便座。別の一角には大型犬が暴れても壊れそうもない頑丈な檻。いかにもという感じのX十字架の磔台。天井には無数の鉄骨が走り、数カ所、頑丈な滑車が不気味にぶら下がっていた。
今まで数多くの犠牲者たちの絶叫と血と汗と涙を吸い取ってきたのだろうか。そして今度はこのオレが、新たな犠牲者としてこの部屋を血と汗で汚すことになるのか。いや、いくら踏ん張っても、こらえきれずに絶叫も涙も出すことになるだろう。それくらいは序の口と覚悟しておこう。これがすなわち本郷さんが予定している本格レッスンではないにしろ、それにつながるものではあるはずだ。あの本郷さんがマダムにオレを預けたのだ。たんに宿泊代がわりに、SM愛好者とお遊びプレイをするなどといった甘っちょろいものではないはずだ。だからオレもそれなりの覚悟が必要だ。
薄暗い照明の中で、一休の顔色がかすかに青白く見えた。それは単に光の加減のせいだったのかもしれない。しかし、多少は緊張しているようだ。マダムはそう見て取って満足そうに微笑んだ。先ほどの一連の反応から、そう簡単には怯えない子だと分かってはいたので、おおげさなリアクションは期待していなかった。でも、この部屋に少しぐらいはショックを受けてもらわないと。せっかくの自慢の部屋なのだから。
部屋の中央に3人は立った。マダムは一休に面と向かい、鋭い眼差しを向けた。
「おまえはさっき、脱ぎたくないと言った。私の仕置きが待っているのを覚悟の上で逆らったはずだ。そうだね?」
「はい」
一休は真剣な眼差しで素直に頷いた。いい目をしている。緊張と覚悟に満ちた目だ。生け贄になることを知っている目だ。マダムはますます一休のことが気に入った。冷たく微笑んで言葉を続ける。
「しかし、服を着ていては仕置きはできない。私はおまえのなまの肉体に、その皮膚に直接、仕置きを加えたい。たとえばムチなら、直接、おまえの皮膚に食い込み、赤く腫れていくところを見るのでなければ意味がない。皮肉な話だね。でもおまえは自分からは脱がないのだろう? さっき、そう言ったものね」
「はい」
一休は再び頷く。頷きながら、漠然と考えていた。自分から脱ぐのと、むりやり脱がされるのと、どっちがきついだろう。脱がされかたにもよるか。おそらくマダムは、そうとうきつい手段を課すだろう。いや、どっちがきついかと比べて結論を出す段階はすでに過ぎた。オレの運命はもう決まっている。マダムのなすがままに・・。
一休のそんな思いを知って知らずか、マダムは容赦なく追い打ちをかける。
「強引に、脱がされたいわけだ。素直に脱げば優しくしてあげたものを、わざと逆らって、お仕置きされたいわけだ。無理矢理、乱暴に、脱がされて、辛い思いをしたいわけだ。それがおまえの望みだ。そうだね?」
「・・・」
「返事!」
マダムの、手加減無しの平手打ちが飛ぶ。余韻がしばらくじんじん響いた。細工の細かいマダムの指輪の金属部分がダイレクトに当たり、先日、本郷にナイフで切られた時の傷口が開いて、血がにじんできたような気もしたが、一休は頬を押さえることなく、すぐに返事をした。
「はい! そうです」
「よろしい。ではおまえの望み通りにしてあげよう」
傷跡をわざと狙った。傷口から血が噴き出していたが、頬を押さえて痛そうな表情を浮かべなかったのは褒めてあげよう。やはりそうとう根性がありそうだ。
マダムはかつかつとヒールの音を立てて、壁のほぼ一面を占領する作り付けの飾り棚へと歩み寄った。そして、手枷足枷を選び取ると、助手役の本郷に、三つを手渡し、残りの一つを手に持って、一休の前に立った。
「両手をお出し」
一休はおとなしく両手をマダムの前に突き出す。まず右手首にひとつ、マダムはゆっくり丁寧に手枷をつけた。一休はしげしげとその手枷を見つめる。
構造は、先ほど本郷がさせられた首輪に似ていた。黒い本革製の頑丈なもので、ひとつ環がついており、他の環やチェーンにつなぐことであらゆる場所に、あるいはあらゆる姿勢での拘束が可能になる。つなぎ目は南京錠で施錠するので、鍵がなければ外せない。
一見グロテスクなその類の拘束具は、脱出マジックもこなす一休には見慣れたものなので、その見かけに怯えることはなかった。ただマジックの小道具と違って、マジシャンのテクニックで簡単に外れるようなタネはいっさいない。マダムにしか外せない本格的な拘束具である。一休も当然、それは承知していたので、この拘束具から逃れようなどという甘い幻想は抱かなかった。
ひとつを付け終わるとマダムは本郷に視線を走らせる。助手の本郷は、手際よく、次の枷をマダムに渡す。続いて左手首にも手枷が、そして左の足首、右の足首にも同様に足枷がつけられていく。
ひとつ枷が増える事に、自分の自由が奪われていくことを一休も承知していた。脱出マジックを得意とする一休なだけに、マジックではない本物の枷の存在感を十二分に理解していた。SMプレイは未経験でも、拘束の意味は十二分に理解していた。
これでオレは、自分の身体を自分の意志で自由に動かすことができなくなる。両手両足をマダムの思うままに、マダムのお望みの姿勢で拘束され、自分で自分の姿勢を制御することができなくなる。それが手枷足枷の意味だ。たぶん、この手枷足枷は、とうぶん、つけられたままなのだろう。もしかしたら、マダムの館に滞在する間中かもしれない。
ああそうだ。そのうちに首輪もつけさせられるのだ。それはもう避けられない。というか、そのこと自体をたぶんオレは拒んではいない。脱ぐこともほんとうは拒んではいない。ただ、マダムに逆らってみたくて逆らっただけだ。そうしてわざわざ辛い思いをしようとしている。その点、マダムの指摘は正しいな・・。一休は、自分の性分に苦笑を浮かべたいような心境で、かすかに吐息をついた。
今まで数多くの犠牲者たちの絶叫と血と汗と涙を吸い取ってきたのだろうか。そして今度はこのオレが、新たな犠牲者としてこの部屋を血と汗で汚すことになるのか。いや、いくら踏ん張っても、こらえきれずに絶叫も涙も出すことになるだろう。それくらいは序の口と覚悟しておこう。これがすなわち本郷さんが予定している本格レッスンではないにしろ、それにつながるものではあるはずだ。あの本郷さんがマダムにオレを預けたのだ。たんに宿泊代がわりに、SM愛好者とお遊びプレイをするなどといった甘っちょろいものではないはずだ。だからオレもそれなりの覚悟が必要だ。
薄暗い照明の中で、一休の顔色がかすかに青白く見えた。それは単に光の加減のせいだったのかもしれない。しかし、多少は緊張しているようだ。マダムはそう見て取って満足そうに微笑んだ。先ほどの一連の反応から、そう簡単には怯えない子だと分かってはいたので、おおげさなリアクションは期待していなかった。でも、この部屋に少しぐらいはショックを受けてもらわないと。せっかくの自慢の部屋なのだから。
部屋の中央に3人は立った。マダムは一休に面と向かい、鋭い眼差しを向けた。
「おまえはさっき、脱ぎたくないと言った。私の仕置きが待っているのを覚悟の上で逆らったはずだ。そうだね?」
「はい」
一休は真剣な眼差しで素直に頷いた。いい目をしている。緊張と覚悟に満ちた目だ。生け贄になることを知っている目だ。マダムはますます一休のことが気に入った。冷たく微笑んで言葉を続ける。
「しかし、服を着ていては仕置きはできない。私はおまえのなまの肉体に、その皮膚に直接、仕置きを加えたい。たとえばムチなら、直接、おまえの皮膚に食い込み、赤く腫れていくところを見るのでなければ意味がない。皮肉な話だね。でもおまえは自分からは脱がないのだろう? さっき、そう言ったものね」
「はい」
一休は再び頷く。頷きながら、漠然と考えていた。自分から脱ぐのと、むりやり脱がされるのと、どっちがきついだろう。脱がされかたにもよるか。おそらくマダムは、そうとうきつい手段を課すだろう。いや、どっちがきついかと比べて結論を出す段階はすでに過ぎた。オレの運命はもう決まっている。マダムのなすがままに・・。
一休のそんな思いを知って知らずか、マダムは容赦なく追い打ちをかける。
「強引に、脱がされたいわけだ。素直に脱げば優しくしてあげたものを、わざと逆らって、お仕置きされたいわけだ。無理矢理、乱暴に、脱がされて、辛い思いをしたいわけだ。それがおまえの望みだ。そうだね?」
「・・・」
「返事!」
マダムの、手加減無しの平手打ちが飛ぶ。余韻がしばらくじんじん響いた。細工の細かいマダムの指輪の金属部分がダイレクトに当たり、先日、本郷にナイフで切られた時の傷口が開いて、血がにじんできたような気もしたが、一休は頬を押さえることなく、すぐに返事をした。
「はい! そうです」
「よろしい。ではおまえの望み通りにしてあげよう」
傷跡をわざと狙った。傷口から血が噴き出していたが、頬を押さえて痛そうな表情を浮かべなかったのは褒めてあげよう。やはりそうとう根性がありそうだ。
マダムはかつかつとヒールの音を立てて、壁のほぼ一面を占領する作り付けの飾り棚へと歩み寄った。そして、手枷足枷を選び取ると、助手役の本郷に、三つを手渡し、残りの一つを手に持って、一休の前に立った。
「両手をお出し」
一休はおとなしく両手をマダムの前に突き出す。まず右手首にひとつ、マダムはゆっくり丁寧に手枷をつけた。一休はしげしげとその手枷を見つめる。
構造は、先ほど本郷がさせられた首輪に似ていた。黒い本革製の頑丈なもので、ひとつ環がついており、他の環やチェーンにつなぐことであらゆる場所に、あるいはあらゆる姿勢での拘束が可能になる。つなぎ目は南京錠で施錠するので、鍵がなければ外せない。
一見グロテスクなその類の拘束具は、脱出マジックもこなす一休には見慣れたものなので、その見かけに怯えることはなかった。ただマジックの小道具と違って、マジシャンのテクニックで簡単に外れるようなタネはいっさいない。マダムにしか外せない本格的な拘束具である。一休も当然、それは承知していたので、この拘束具から逃れようなどという甘い幻想は抱かなかった。
ひとつを付け終わるとマダムは本郷に視線を走らせる。助手の本郷は、手際よく、次の枷をマダムに渡す。続いて左手首にも手枷が、そして左の足首、右の足首にも同様に足枷がつけられていく。
ひとつ枷が増える事に、自分の自由が奪われていくことを一休も承知していた。脱出マジックを得意とする一休なだけに、マジックではない本物の枷の存在感を十二分に理解していた。SMプレイは未経験でも、拘束の意味は十二分に理解していた。
これでオレは、自分の身体を自分の意志で自由に動かすことができなくなる。両手両足をマダムの思うままに、マダムのお望みの姿勢で拘束され、自分で自分の姿勢を制御することができなくなる。それが手枷足枷の意味だ。たぶん、この手枷足枷は、とうぶん、つけられたままなのだろう。もしかしたら、マダムの館に滞在する間中かもしれない。
ああそうだ。そのうちに首輪もつけさせられるのだ。それはもう避けられない。というか、そのこと自体をたぶんオレは拒んではいない。脱ぐこともほんとうは拒んではいない。ただ、マダムに逆らってみたくて逆らっただけだ。そうしてわざわざ辛い思いをしようとしている。その点、マダムの指摘は正しいな・・。一休は、自分の性分に苦笑を浮かべたいような心境で、かすかに吐息をついた。
「ケイの店へいらっしゃい」
須賀瑞樹 著
◇プロローグ◇ カミングアウト
私が、高校時代の友人であるケイの店を初めて訪れたのは、昨年の暮れのことだった。ちょうど新宿で忘年会があって、仕事上の、たいして盛り上がらない会だったから、11時前には散会になったのだが、私としてはなんだかまだ飲み足りない気分で、以前にケイから店の案内をもらっていたのを思い出し、ふと訪ねてみる気になった。
手帳に控えてあった住所でだいたいの見当はつけていたものの、2丁目あたりはけっこう入り組んでいて、さんざんウロウロしたあげくに電話で位置を確かめて、やっとたどり着くことができた。
「いらっしゃい」
ケイが笑顔で迎えてくれる。
間違いない、ケイだ。懐かしさがどっと押し寄せてきた。
「やっと着いたわ。ああでもケイ、昔とちっとも変わらないね」
「スーはちょっと変わったかな」
「そうお?」
「前よりずっときれいになった。さては恋でもしてるかな」
カウンター越しにケイの指先がスッと伸びてきた。きゃしゃな指先。頬にそっと触れてくる。思い出した、この感触。ケイの軽やかな動作にともなって、ボル・ド・ニュイの香りがかすかに漂った。ケイの唇がふわりと近づいてくるような気がした。でもそれは一瞬のことだった。ケイはにこやかにカウンターの向こうで微笑んでいる。
高校卒業後しばらくは、ときおり連絡を取り合ったり、賀状の交換などもしていたが、短大、就職と進むにつれて、いつしか音信もとだえがちになり、たまに懐かしく思い出すことはあっても、ああ、こうして過去の人になっていくのかなあと思っていたが、それがこの間、久しぶりに手紙をもらって、新宿2丁目に店を持ったというので驚いた。
2丁目といえばゲイ(特に、男)の街という先入観があったから、なぜ女性のケイがそこに店を持つのか、とっさには理解できなかった。でも、次の瞬間、あ、そうか、なるほどね、と思った。予感はあったのだ。ケイがレズビアンなんじゃないかという。
「ここ、いつから?」
「かれこれ半年になるかなァ〜」
ケイはちょっと小首を傾げながら過去を振り返るように語尾をのばし、カウンターの止まり木に座った私の前に、コトンとワイルドターキーの水割りを置いた。
「案内状もらったのそんなに前だっけ? ごめん、もっと早く来てればよかった。でも、この歳で(ケイは私と同学年だったから、まだ26だ)お店を持つなんてすごいよね」
「もちろん私ひとりじゃ、こんな店、持てないわ。ちょっと出資してくれる人がいてね」
「へえ……パトロンなの?」
「似たようなものかな」
ちょっと、嫉妬した。ケイの親しげな口ぶりに、ちょっと、嫉妬した。高校卒業後、私とは別の人生を歩んできたケイ。私の知らない人間関係があるのは当たり前なのに。ここ数年の希薄なつきあい方を後悔していた。
ちょっと気分が高揚していた。酔いがまわってきたのかもしれなかった。あまり深くも考えず、ケイにサラリと聞いてみた。
「ケイはいつからレズだったの?」
「いきなり、くるねえ。今にして思えば、やっぱり小さい頃からそうだったと思うよ。意識してなかっただけで」
「じゃあ、高校のときも?」
「うん……」
「へえ……そう、かあ。でもさあ、ケイは拓也先輩が好きだったんじゃないの?」
「あら、そんな感じした?」
「うん、ほら、翔子がつきあい始めたときさ、ケイ、ちょっと翔子にそっけなかったじゃない? 翔子に嫉妬してたんじゃないの?」
「ああ、そのことね……。今だから話すけど、私が好きだったのは翔子のほう。だから嫉妬したとすれば、拓也先輩にかな」
「なんだ、なるほどね、そういうことか」
ケイが、懐かしい過去を振り返るような、遠い目つきになった。私の思いもケイにつられるように高校時代にさかのぼっていった。若かったケイ。輝いていて、みずみずしくて、とても魅力的だったケイ。大好きだった、ケイ。でも、私の、ケイへの思いが強くなりすぎるのを恐れて、かえって距離を置くようになってしまった。無邪気な高校時代に戻れるものならと、ときどき思い出していた。でも、過去へは戻れない。それに、私は結局、真性のレズビアンではなかったと今ではわかっている。私は男も好きだし。現に今、付き合ってる男がいる。彼とはセックスの相性もいい。ケイへの思いは、思春期特有の、恋いに恋する感覚。きれいなものへのあこがれ。対象は誰でもよかったんだと思う。それにしても……。
思い切って、聞いてみた。
「ねえ。私にも、その、そんな感じ、もってたの?」
「そんな感じって、ああ、同性愛的に? そうねえ。意識はしてなかったけど、少しはあったかもね」
やっぱり……。そうと知っていれば、少しは展開が違っていたかもしれない。でも、やっぱり、そうはならなかったか……。
「どうしたの? なにをブツブツ言ってるの?」
ケイが、いたずらっぽい目つきで私の顔を覗き込む。ちょっとドギマギした。
「あ、なんかね、当時、そのことを知ってたら、どうなってたかなあなんて、アハハ……」
「そうね、どうなってたかな。私を軽蔑した? ヘンタイみたいに思った?」
「それはないな。むしろ……」
「むしろ?」
ケイの瞳がキラリと光った。私の言いたいことが一瞬のうちに伝わったらしい。ケイの顔が急に目の前でアップになった。
「むしろ、何? 恋人同士になれたかしら? それは惜しいことをしたわ。あのとき、食べちゃえばよかった」
ケイの唇が接近する。今度はマジだ。そのきゃしゃな指先で私の顎をすいとすくい上げるようにしながら、優しく唇と唇が触れ合った。とたんに胸がキュンとなった。初恋のような甘酸っぱい思いが広がる。セックスなどまだ知らないウブな私のように。唇が軽く触れただけで切なくなる。なんて柔らかいケイの唇。食べてしまいたいのは私のほうだ。
ケイも、急にエロチックな気分になったらしい。唇の動きが積極的になってきた。互いに唇をそっと、柔らかくくわえあう。そして、どちらからともなく舌が挿入されていった。絡みあい、もつれあい、舐めあい、吸いあう。呼吸が荒くなり、性感が高ぶってくる。
なんて気持ちいいの。こんなキス、今までしたことない。頭の芯がジーンと痺れてきた。キスだけでイッてしまいそうだ……。
お互いにその余韻を楽しみながら、ケイの唇がゆっくりと離れた。
「あのとき、ほんとは、スーを、ぜんぶ、食べたかったのに」
ケイが言う、「あのとき」の意味が、すぐにピンときた。
確か高校3年の冬、うちに泊まりにきた時のことに違いない。狭いシングルベッドでくっつきあって眠った。進む大学も違うからもうすぐ離れ離れだね、なんて、ちょっぴり感傷的になっていた。そのブルーな感じがなんだか落ち着かなくて、毛布の下でことさらはしゃいでじゃれあった。脚がからみあい、腕に弾力のある乳房が触れた。風呂上がりのさわやかな香りがケイの肌や髪の毛から漂ってきて、私はなんだか興奮していたけど、それをごまかすように、わざと乱暴にじゃれていた。
でも、ケイの心は私以上にざわめいていたのかもしれない。なにか起こりそうで、なにも起こらなかった夜。ふたりともウブだったのだ。でも、歳を重ねて、それなりに経験を積んだ今なら……。
「私も、今日は飲んじゃおうかな」
ケイは自分用の水割りをすばやく作ると、カウンターの外に出て、私の隣にするりと滑り込んできた。ケイの体温を身近に感じた。
「ねえ、翔子のことはどうなったの? 好きだったんでしょ」
「ああ、翔子ね」
ケイは苦い思い出がよみがえったかのように、ちょっと顔をしかめる。
「じつはね、就職してすぐだったかな、ばったり再会したのよ。私、運命的なものを感じちゃったから、思い切って告白したのね。でも、しなければよかったな」
「なんで?」
「やっぱり、びっくりするよ。同性から、好き、だなんて、それも性的な意味も含んで好きだなんて告白されたら、何それ、って思うでしょ」
「そんなもんかな」
「スーはけっこう許容範囲が広いんだね。でも、普通はやっぱり……」
「そうかな……ま、いいや、それで?」
「彼女の私を見る目がね、『ちょっと、おかしいんじゃない、私、そういう世界にかかわりたくない』って言ってた。で、あげくの果てに『友だちでいましょう』だってさ」
「ははん……ショックだった?」
「風呂場で泣いた」
「ドリカムみたい」
「そんな歌、あったね……」
少し、沈黙があった。私は隣に座るケイの肩に、そっと頭をもたせかけた。
「それは、なぐさめ?」
ケイがポツンとつぶやく。
「それもちょっぴり。でも、ケイのこと、好きだよ。好きだった……」
「今までどんなそぶりなかったけど」
「たぶん、自分の気持ちをよくわかってなかったんだ。それに私は女性一般が好きってより、ケイが好きなだけで、そういう意味では、ケイとほんとうの意味でカップルになれるかどうか、わからないし」
「そうね、スーはレズって感じじゃないもんね、わかる」
「わかる?」
「うん、わかる。レズは同類をかぎ分けるから。だからスーには手出ししなかったのよ」
「なのに翔子には手出ししたわけ?」
「いけると思ったんだけどな。彼女、スーと違って、モラル意識にがんじがらめになってるのよ。それからスパンと解放されちゃえばね」
「それじゃまるで私が、なんでもアリの人間みたいじゃん」
「それでいいのよ。人間なんて、なんでもアリよ」
「でも、こうやって店、持つなんて、思い切ったね。私だったらそこまで大胆になれないな。だって、私はレズですよって、カミングアウトしてるようなもんじゃん。ほら、ゲイとかも、最近やっと認められつつあるかなって程度でしょ。女の場合はまだ日陰の感じするけど」
「まあね。でも私は、自分の本音は偽らずに、ポジティブに生きたいから」
「ケイのそういうとこ、好き。昔から、そんなにオープンだったっけ?」
「確かに、そうでもなかったわね。ある人と出会ってね、考え方、けっこう変わったかな。だから、店を持つことにもなったんだけど」
「その人、例のスポンサー?」
「まあね……そのうちに紹介するね」
ケイはその人のことを、まだ、あまり話したくはないらしい。まあ、久しぶりに会ったばかりの私に、ごくごくプライベートなことを、そう簡単には話せないだろう。
「それより、今夜はゆっくりできるんでしょう? このぶんだとお客さんもたいして来そうもないから、早めに店じまいして、私のマンションでゆっくり飲まない? ここから近いから」
「いいね」
須賀瑞樹 著
◇プロローグ◇ カミングアウト
私が、高校時代の友人であるケイの店を初めて訪れたのは、昨年の暮れのことだった。ちょうど新宿で忘年会があって、仕事上の、たいして盛り上がらない会だったから、11時前には散会になったのだが、私としてはなんだかまだ飲み足りない気分で、以前にケイから店の案内をもらっていたのを思い出し、ふと訪ねてみる気になった。
手帳に控えてあった住所でだいたいの見当はつけていたものの、2丁目あたりはけっこう入り組んでいて、さんざんウロウロしたあげくに電話で位置を確かめて、やっとたどり着くことができた。
「いらっしゃい」
ケイが笑顔で迎えてくれる。
間違いない、ケイだ。懐かしさがどっと押し寄せてきた。
「やっと着いたわ。ああでもケイ、昔とちっとも変わらないね」
「スーはちょっと変わったかな」
「そうお?」
「前よりずっときれいになった。さては恋でもしてるかな」
カウンター越しにケイの指先がスッと伸びてきた。きゃしゃな指先。頬にそっと触れてくる。思い出した、この感触。ケイの軽やかな動作にともなって、ボル・ド・ニュイの香りがかすかに漂った。ケイの唇がふわりと近づいてくるような気がした。でもそれは一瞬のことだった。ケイはにこやかにカウンターの向こうで微笑んでいる。
高校卒業後しばらくは、ときおり連絡を取り合ったり、賀状の交換などもしていたが、短大、就職と進むにつれて、いつしか音信もとだえがちになり、たまに懐かしく思い出すことはあっても、ああ、こうして過去の人になっていくのかなあと思っていたが、それがこの間、久しぶりに手紙をもらって、新宿2丁目に店を持ったというので驚いた。
2丁目といえばゲイ(特に、男)の街という先入観があったから、なぜ女性のケイがそこに店を持つのか、とっさには理解できなかった。でも、次の瞬間、あ、そうか、なるほどね、と思った。予感はあったのだ。ケイがレズビアンなんじゃないかという。
「ここ、いつから?」
「かれこれ半年になるかなァ〜」
ケイはちょっと小首を傾げながら過去を振り返るように語尾をのばし、カウンターの止まり木に座った私の前に、コトンとワイルドターキーの水割りを置いた。
「案内状もらったのそんなに前だっけ? ごめん、もっと早く来てればよかった。でも、この歳で(ケイは私と同学年だったから、まだ26だ)お店を持つなんてすごいよね」
「もちろん私ひとりじゃ、こんな店、持てないわ。ちょっと出資してくれる人がいてね」
「へえ……パトロンなの?」
「似たようなものかな」
ちょっと、嫉妬した。ケイの親しげな口ぶりに、ちょっと、嫉妬した。高校卒業後、私とは別の人生を歩んできたケイ。私の知らない人間関係があるのは当たり前なのに。ここ数年の希薄なつきあい方を後悔していた。
ちょっと気分が高揚していた。酔いがまわってきたのかもしれなかった。あまり深くも考えず、ケイにサラリと聞いてみた。
「ケイはいつからレズだったの?」
「いきなり、くるねえ。今にして思えば、やっぱり小さい頃からそうだったと思うよ。意識してなかっただけで」
「じゃあ、高校のときも?」
「うん……」
「へえ……そう、かあ。でもさあ、ケイは拓也先輩が好きだったんじゃないの?」
「あら、そんな感じした?」
「うん、ほら、翔子がつきあい始めたときさ、ケイ、ちょっと翔子にそっけなかったじゃない? 翔子に嫉妬してたんじゃないの?」
「ああ、そのことね……。今だから話すけど、私が好きだったのは翔子のほう。だから嫉妬したとすれば、拓也先輩にかな」
「なんだ、なるほどね、そういうことか」
ケイが、懐かしい過去を振り返るような、遠い目つきになった。私の思いもケイにつられるように高校時代にさかのぼっていった。若かったケイ。輝いていて、みずみずしくて、とても魅力的だったケイ。大好きだった、ケイ。でも、私の、ケイへの思いが強くなりすぎるのを恐れて、かえって距離を置くようになってしまった。無邪気な高校時代に戻れるものならと、ときどき思い出していた。でも、過去へは戻れない。それに、私は結局、真性のレズビアンではなかったと今ではわかっている。私は男も好きだし。現に今、付き合ってる男がいる。彼とはセックスの相性もいい。ケイへの思いは、思春期特有の、恋いに恋する感覚。きれいなものへのあこがれ。対象は誰でもよかったんだと思う。それにしても……。
思い切って、聞いてみた。
「ねえ。私にも、その、そんな感じ、もってたの?」
「そんな感じって、ああ、同性愛的に? そうねえ。意識はしてなかったけど、少しはあったかもね」
やっぱり……。そうと知っていれば、少しは展開が違っていたかもしれない。でも、やっぱり、そうはならなかったか……。
「どうしたの? なにをブツブツ言ってるの?」
ケイが、いたずらっぽい目つきで私の顔を覗き込む。ちょっとドギマギした。
「あ、なんかね、当時、そのことを知ってたら、どうなってたかなあなんて、アハハ……」
「そうね、どうなってたかな。私を軽蔑した? ヘンタイみたいに思った?」
「それはないな。むしろ……」
「むしろ?」
ケイの瞳がキラリと光った。私の言いたいことが一瞬のうちに伝わったらしい。ケイの顔が急に目の前でアップになった。
「むしろ、何? 恋人同士になれたかしら? それは惜しいことをしたわ。あのとき、食べちゃえばよかった」
ケイの唇が接近する。今度はマジだ。そのきゃしゃな指先で私の顎をすいとすくい上げるようにしながら、優しく唇と唇が触れ合った。とたんに胸がキュンとなった。初恋のような甘酸っぱい思いが広がる。セックスなどまだ知らないウブな私のように。唇が軽く触れただけで切なくなる。なんて柔らかいケイの唇。食べてしまいたいのは私のほうだ。
ケイも、急にエロチックな気分になったらしい。唇の動きが積極的になってきた。互いに唇をそっと、柔らかくくわえあう。そして、どちらからともなく舌が挿入されていった。絡みあい、もつれあい、舐めあい、吸いあう。呼吸が荒くなり、性感が高ぶってくる。
なんて気持ちいいの。こんなキス、今までしたことない。頭の芯がジーンと痺れてきた。キスだけでイッてしまいそうだ……。
お互いにその余韻を楽しみながら、ケイの唇がゆっくりと離れた。
「あのとき、ほんとは、スーを、ぜんぶ、食べたかったのに」
ケイが言う、「あのとき」の意味が、すぐにピンときた。
確か高校3年の冬、うちに泊まりにきた時のことに違いない。狭いシングルベッドでくっつきあって眠った。進む大学も違うからもうすぐ離れ離れだね、なんて、ちょっぴり感傷的になっていた。そのブルーな感じがなんだか落ち着かなくて、毛布の下でことさらはしゃいでじゃれあった。脚がからみあい、腕に弾力のある乳房が触れた。風呂上がりのさわやかな香りがケイの肌や髪の毛から漂ってきて、私はなんだか興奮していたけど、それをごまかすように、わざと乱暴にじゃれていた。
でも、ケイの心は私以上にざわめいていたのかもしれない。なにか起こりそうで、なにも起こらなかった夜。ふたりともウブだったのだ。でも、歳を重ねて、それなりに経験を積んだ今なら……。
「私も、今日は飲んじゃおうかな」
ケイは自分用の水割りをすばやく作ると、カウンターの外に出て、私の隣にするりと滑り込んできた。ケイの体温を身近に感じた。
「ねえ、翔子のことはどうなったの? 好きだったんでしょ」
「ああ、翔子ね」
ケイは苦い思い出がよみがえったかのように、ちょっと顔をしかめる。
「じつはね、就職してすぐだったかな、ばったり再会したのよ。私、運命的なものを感じちゃったから、思い切って告白したのね。でも、しなければよかったな」
「なんで?」
「やっぱり、びっくりするよ。同性から、好き、だなんて、それも性的な意味も含んで好きだなんて告白されたら、何それ、って思うでしょ」
「そんなもんかな」
「スーはけっこう許容範囲が広いんだね。でも、普通はやっぱり……」
「そうかな……ま、いいや、それで?」
「彼女の私を見る目がね、『ちょっと、おかしいんじゃない、私、そういう世界にかかわりたくない』って言ってた。で、あげくの果てに『友だちでいましょう』だってさ」
「ははん……ショックだった?」
「風呂場で泣いた」
「ドリカムみたい」
「そんな歌、あったね……」
少し、沈黙があった。私は隣に座るケイの肩に、そっと頭をもたせかけた。
「それは、なぐさめ?」
ケイがポツンとつぶやく。
「それもちょっぴり。でも、ケイのこと、好きだよ。好きだった……」
「今までどんなそぶりなかったけど」
「たぶん、自分の気持ちをよくわかってなかったんだ。それに私は女性一般が好きってより、ケイが好きなだけで、そういう意味では、ケイとほんとうの意味でカップルになれるかどうか、わからないし」
「そうね、スーはレズって感じじゃないもんね、わかる」
「わかる?」
「うん、わかる。レズは同類をかぎ分けるから。だからスーには手出ししなかったのよ」
「なのに翔子には手出ししたわけ?」
「いけると思ったんだけどな。彼女、スーと違って、モラル意識にがんじがらめになってるのよ。それからスパンと解放されちゃえばね」
「それじゃまるで私が、なんでもアリの人間みたいじゃん」
「それでいいのよ。人間なんて、なんでもアリよ」
「でも、こうやって店、持つなんて、思い切ったね。私だったらそこまで大胆になれないな。だって、私はレズですよって、カミングアウトしてるようなもんじゃん。ほら、ゲイとかも、最近やっと認められつつあるかなって程度でしょ。女の場合はまだ日陰の感じするけど」
「まあね。でも私は、自分の本音は偽らずに、ポジティブに生きたいから」
「ケイのそういうとこ、好き。昔から、そんなにオープンだったっけ?」
「確かに、そうでもなかったわね。ある人と出会ってね、考え方、けっこう変わったかな。だから、店を持つことにもなったんだけど」
「その人、例のスポンサー?」
「まあね……そのうちに紹介するね」
ケイはその人のことを、まだ、あまり話したくはないらしい。まあ、久しぶりに会ったばかりの私に、ごくごくプライベートなことを、そう簡単には話せないだろう。
「それより、今夜はゆっくりできるんでしょう? このぶんだとお客さんもたいして来そうもないから、早めに店じまいして、私のマンションでゆっくり飲まない? ここから近いから」
「いいね」
◇第1章◇ 男と女、まどかとショーコ
その日も私は、ケイの店で飲んでいた。いちばん奥まったカウンター席が、私の指定席のようになっていた。
まだ週の初めで、ほかに客が訪れる気配もなく、ケイも退屈そうだし、私もそろそろ席を立とうかと思っていたとき、その客は現れた。
「ごめんくだ、さ……い」
入り口のドアを細めに開けて、恐る恐る中を覗き込んでいる。
「いらっしゃーい」
すかさずケイがほがらかに声をかける。
「あの、ここ、ケイさんの店、でしょうか」
「そうですよ。どうぞどうぞ」
その女性は、ほっとしたような、でもちょっとこわばった表情でぎこちなく微笑むと、店の中に入ってきた。
「何にします?」
「えっと、水割りで」
それきりポツンと座り込んで、なんだかぼんやりしている。
無口な女性だった。こういう店に入るのは初めてで、緊張しているのかもしれない。
パッと見で、美人とはいいがたいタイプの女性だった。「ふくよか」を通り越した体型。重苦しい黒縁の眼鏡。艶のないロングヘア。服のセンスも誉められたものではなかった。何より自分に自信がないのか、終始、おどおどと伏し目がちにしている。
「ここ、誰かから聞いて?」
ケイが気さくに話しかけた。
「紹介されたのぉ。ある人にぃ……ケイさんの店はぁ、いいってぇ……」
舌足らずのまどろっこしい話し方だ。
私は彼女の気持ちをほぐすように、ことさら明るい調子で口を挟んだ。
「そうそう、いいわよぉ、ここは。居心地よくって。私なんかすっかり入り浸りで」
「入り浸りすぎて心配なくらい。ツケはきかないわよ」
ケイと私はちょっとわざとらしいやり取りで笑ったが、彼女は聞いているのかいないのか、反応がいまひとつ鈍かった。ケイと目があったので、この子、なんだろうね、という感じで、お互いちょっと首をひねった。
水割りをまずそうにちびちび飲みながら、ため息などついている。どうも、悩みがあるふうだった。
それから半月ほど、私はケイの店を訪れる機会がなかった。久しぶりに顔を出すと、この間ふらりと訪れた例の客がまたしてもいた。
「あの子ね、男運がないのよ」
彼女がトイレに立った際に、ケイは私にささやいた。あのあとも彼女は何度か現れて、ケイにぽつりぽつりと身の上話をしていたらしい。
「こんなところにしょっちゅう来るぐらいだから、レズっ気があるんでしょ。相手を捜しに来てるんじゃないの? 男になんかこだわることないのに」
「その気があるんだかどうだか、ちょっと怪しいわね」
確かに、レズの店に来るからといって、レズビアンだとは限らない。男で失敗して、男はもうこりごりと思って、でも人恋しくて、誰かに慰めてほしくて来る人も少なくないのだ。
彼女、まどかさんという名前だそうだ。そのまどかさんは、だんだん酔うほどに、最初の無口な風情はどこへやら、本領を発揮してきた。
「オトコなんて、何さぁ〜。結局はみんな見かけだけなのよ。自分よりレベルが下だと思うと、もう人のこと見下しちゃって。何をしても、何を言っても許されると思って。俺が付き合ってやってるんだって顔して。でも、別れられないのよ。あ〜ん、尽くせば尽くすほど、ドツボだし。けむたがられるし。なかなか会ってくれないし。でも、捨てられたくなくてさあ。けっこう、金使ってやってるじゃん。でも、なんとも思ってないのよね、きっと。もしかしたら私って利用されてるだけかなって思ったりして」
ほんとはもっととぎれとぎれに支離滅裂に愚痴っていたのだが、こうしてつなげてみれば、だいたいの主旨はわかる。どこにでもありそうな話だった。私とケイはときどき、そんなことないわよ、とか、そんな男、こっちから振ってしまいなさいよ、とか、もっと素敵な人が現れるわよ、とか、適当に相づちを打っていた。しかし彼女にその言葉が届いているとはあまり思えなかった。
「あんた、自分のこと嫌ってるね」
私たちの合いの手も、そろそろネタが尽きかけたとき、それまでは私たちの会話にいっさい参加せずにテーブル席に突っ伏して寝ていたはずの、おかまのショーコが、いきなりむくりと顔を上げて唐突に言った。
「なんだ、ショーコ、聞いてたの」
「ブスだと思ってるでしょ」
「ちょっと、ショーコ……」
私とケイは、ハラハラしながらショーコを見つめた。ショーコは口は悪いが、けっこう核心をついていることが多い。まどかさんはさすがにむっとしたらしく、ちょっと口を尖らせて、そんな言い方しなくても、という顔をした。
「どうなのさ?」
「そうよ、ブスよ。それで男から好かれないってよくわかってるわよ」
「だから、だめなんだ。ブスだと思うからますますブスになるんだよ。もっと自分を愛してあげな。自分のかわいいとこ見つけてあげな。そして、あんたのこと、そのまんまのあんたをかわいいって言ってくれる人が現れるまで、へつらわないでひとりで生きていくんだよ。無理に男を作らなくても、人生いろいろ楽しいことあるじゃないか」
まさにその通りだと私も思った。でも、自分に自信がない分、よけいに、人から認められたいものだ。逆に愛されていると思うだけで自分に自信が持てる。
このまどかさんも、誰かから愛されていると確信できれば、もっと洗練されて、かわいくもなるんだろう。『恋している人はきれいだ』というのは、そういうことなんじゃないかとじつは思う。
かくいう私は、今、きれいだろうか。なんとなく、ケイに目がいった。ケイは漫然と微笑み返した。ああ、私はケイが好きだなあ、ケイもたぶん、私を好いてくれている、と思った。それだけで、心があったかくなった。
帰宅すると、留守電のメッセージランプが点滅していた。ボーイフレンドの琢己からだった。
「なんだぁ、いつもいないんだな。最近、ご無沙汰じゃないか。会いたいよ」
そういえば、かれこれひと月ほど、会っていなかった。
ちょっと遅かったが、コールバックする。すぐにリアクションをしておかないと琢己はむくれる。
「あ、ごめん、寝てた?」
「ああ……相変わらず、遅いんだね」
「いろいろ忙しくてさ」
「俺に使う時間もないってか。そんな程度にしか思ってないわけかな」
「怒らないでよ。私だって会いたいけど」
「電話する時間ぐらい、あるだろ。声聞いたのも1週間ぶりだぞ」
そんなだったっけ? と思った。ケイと再会して以来、私にとってはケイがいちばん大切な人間関係になってしまって、それ以外をなおざりにしていたのは確かだった。
「ごめんごめん、ほんと、仕事が忙しくて。ばたばたでさあ。でも、そろそろめどがたったから、ほんと……」
「で、いつ会えるのさ」
「そう、ね。今度の週末?」
週末。近郊にドライブして、食事をして、私を家まで送ってきたついでに部屋に上がり込んで、というお決まりのコースデートをした。
部屋に上がったとたん、琢己は当たり前のように迫ってきた。こちらに応じる気があるかどうかなんてまったくおかまいなしにソファに押し倒し、いきなり下半身に指を突っ込んでくる。なんなんだ、この性急さは。ちょっと、カチンときた。
でも、私が
「いや……ちょっと、待って……」
とつぶやいても、それは例の『いやよいやよも好きのうち』ぐらいにしか思ってないらしい。さっさと自分のパンツを下ろし、目の前に突き出して、フェラチオを要求する。
その半立ちのものが、今までけっこう見慣れていたはずなのに、なんだか急にグロテスクなシロモノに見えてきた。これをくわえるのが当然と思っているらしい琢己にも、無性に腹が立った。
今までは、こういった琢己のやり口に、あまり逆らうこともせず、なんとなく流れに任せていた。セックスなんてそんなもんだと思っていたが、ケイの店に出入りするようになってから、というより、ケイと肌を合わせてから、私の中で何かが変化したようだった。
「琢己ってば、ちょっと、ゴーイン……」
少し、冷たい口調で言った。琢己は意外そうな顔をした。
「なんだよ、いいじゃないか。おまえだってしたいだろ、ほら……」
あそこに指を入れて、強くごしごしと出し入れしている。
気分がまだ盛り上がっていない私は、まだ痛くて、嫌悪感があった。ちょっと腰を浮かし、イヤ……、と小さく抗ったが、相変わらず琢己は、その言葉を勘違いしている。よけい激しくあそこをこすり始めた。
なんで男は、あそこにピストン運動さえすれば、常に女は気持ちよがるものだと思っているんだろう。女の身体はそんなに単純じゃないのに。
男の性感帯がけっこう一極集中しているせいだろうか。だから女も、あそこさえ刺激すればいいと思っているのだろうか。それともあそこにはやく押し入りたいという欲望がそうさせるのだろうか。
『ああ、だから男は……』と思いだすと、ますます私は冷めてしまった。セックスが苦痛になってきた。思い切って、私は言った。
「ねえ、ごめん。なんだか、今日はそんな気分になれない」
「なんだよ、変だぞ。このごろぜんぜん会ってくれないし。ひと月ぶりなんだぞ。それなのに拒否するのかよ。オレが嫌いになったのか?」
「そんなんじゃないけど。ね、ごめんね。今日はかんにんして」
「じゃあなぜ、会ったんだよ」
会ったらしなきゃいけないのか。男と女ってそんなもんなのか。なんだかどこかが変だ。
でも、私は自分の気持ちをうまく表現できなくて、ひたすら「ごめんね」を繰り返した。
琢己はブスッとふくれっ面をしたまま帰ってしまった。琢己が乱暴に閉めた扉の音が、バタンと空しく響いた。私は心がすれ違ったままにひとり残されて、なんだかケイのことを考えた。ケイに無性に会いたくなった。心の隙間を埋めたかったのかもしれない。この時間ならまだ家にいるはずだった。私はすばやく身支度を済ませると、ケイのマンションに向かった。
「どうしたの、突然」
「なんかね、急にケイに会いたくなっちゃって」
「うれしいこと言ってくれるね。何か飲む?」
「その、まず飲み物をすすめるところ、職業病じゃない?」
「あらやだ」
ふたりでほがらかに笑った。
「でも、ごめんね、仕事出かけるんでしょ?」
「店は気分次第。私の気まぐれ、お客さんは承知してるわ。スーが来たから休んじゃおうかな」
「そんな、悪いわ。ほんとに?」
「ほんと。スーに社交辞令なんて言わないわ」
ケイといるとなんだかホッとする。無理に自分を作る必要もない。人間って、ちょっとしたことで、あるいは相手次第で簡単に気分も変わるものだ。さっきまでのブルーな霧がいっきに晴れていった。
ひとしきり雑談をして、ふと時計を見るとすっかり夜も更けていた。
「ねえ、ケイ、今晩、いっしょに寝かしてくれない?」
「いいわよ、寝るだけ?」
「うん、寝るだけ。添い寝したい」
「それだけで終わるかな?」
ケイが含み笑いをした。
バスルームで軽くじゃれあって、バスローブ一枚でダブルベッドに潜り込んだ。なんとなく向きあい、目と目があって微笑えんだ。お互いの髪や頬や唇の上を指先でゆっくりと軽く撫でていく。ケイの表情がだんだん真剣になってきた。きりっとして素敵な眉。引き締まった口元。
私たちはどちらからともなくバスローブの帯を解きあう。
色白の肌に、ふっくらと盛り上がった、素敵な形のバスト。その先端でかわいらしく紅を落とし、ちょこんと突き出している乳首が堅く立っていた。
ケイのヌードはいつ見ても美しい。私は美しいものが好きだ。「きれいね」と思わずささやくと、ケイも、「あなたもとってもきれいよ」と誉めてくれる。そして、私の身体を、きゃしゃなガラス細工に触れるように、優しく、そっとタッチしてくる。すらりと伸びたその指先に神経を集中させると、身体中がゾワゾワと波立ってきた。
ケイがゆっくりと、私の全身を抱きしめた。ほんとうに、愛おしげに抱きしめてくれた。そして、ちょっとハスキーな柔らかい声で、ほんと、素敵よ、と耳元でささやいた。その吐息が首筋にかかって、私はもうたまらなくなってしまった。
「ああ、ケイ、どうしよう。なんだか、とっても感じてきた」
「私もさっきから、たまらなく感じてるわ。スーが好きだって、私の全身が叫んでるの」
私たちはあせらなかった。いつまでも飽くことなく、静かに触れあっていた。あそこにものを入れることだけが歓びじゃなかった。ゆっくりとかすかに全身を触りあい、その単純な作業のなかで、このうえなく感じることができた。ここをこんなふうに触るとこう感じる。といったようなことをいくつも発見した。その感じ方の強弱は相手の震え方で理解できた。
それから、キス。めくるめくような、キス。まず唇同士がそっと触れて、ささやくように絡みあう。歓びの吐息が自然と漏れる。舌を差し入れ、だんだんディープになって、もつれあい、激しく吸いあう。
すてき、感じる……。口の中が熱く興奮してくる。背筋にまで歓びが広がっていく。波のように、寄せては、返す。
誰かが、口の中も性器だと言っていた。最初、それを聞いたときは、なんだかピンとこなかったが、こんなキスをすると、そのことを実感する。お互いの性感がほんとうに高まったとき、そんなキスが訪れる。お互いの口の中を舌でかき回し、急激に興奮が高まって、ほんとうに性器のように、エクスタシーの波が襲ってくる。ああ、すごい、波に呑まれてしまう……。
肌を触れあって、キスをして、添い寝をした。言葉にすればたったそれだけのことしか、私たちはしなかった。それでも、いわゆる普通のセックスと同様の、もしかしたらそれ以上の快感を得ることができるのだ。それは女同士だからか、それとも、私がケイのことをとっても好きだからなのか。よく、わからない。
でも、ただ言えるのは、セックスは頭でするものだと思う。それは理論的に考えて行動する、という意味ではない。感じる、感じないも、相手への感情だとかそのときの気分だとか、やっぱり頭に影響されているのだ。そこをピッとを押せばいつも同じようにピッと反応する機械なんかじゃ、決してない。
ケイの肌は柔らかくていい匂いがした。私は心満たされて、ぐっすりと眠った。
その日も私は、ケイの店で飲んでいた。いちばん奥まったカウンター席が、私の指定席のようになっていた。
まだ週の初めで、ほかに客が訪れる気配もなく、ケイも退屈そうだし、私もそろそろ席を立とうかと思っていたとき、その客は現れた。
「ごめんくだ、さ……い」
入り口のドアを細めに開けて、恐る恐る中を覗き込んでいる。
「いらっしゃーい」
すかさずケイがほがらかに声をかける。
「あの、ここ、ケイさんの店、でしょうか」
「そうですよ。どうぞどうぞ」
その女性は、ほっとしたような、でもちょっとこわばった表情でぎこちなく微笑むと、店の中に入ってきた。
「何にします?」
「えっと、水割りで」
それきりポツンと座り込んで、なんだかぼんやりしている。
無口な女性だった。こういう店に入るのは初めてで、緊張しているのかもしれない。
パッと見で、美人とはいいがたいタイプの女性だった。「ふくよか」を通り越した体型。重苦しい黒縁の眼鏡。艶のないロングヘア。服のセンスも誉められたものではなかった。何より自分に自信がないのか、終始、おどおどと伏し目がちにしている。
「ここ、誰かから聞いて?」
ケイが気さくに話しかけた。
「紹介されたのぉ。ある人にぃ……ケイさんの店はぁ、いいってぇ……」
舌足らずのまどろっこしい話し方だ。
私は彼女の気持ちをほぐすように、ことさら明るい調子で口を挟んだ。
「そうそう、いいわよぉ、ここは。居心地よくって。私なんかすっかり入り浸りで」
「入り浸りすぎて心配なくらい。ツケはきかないわよ」
ケイと私はちょっとわざとらしいやり取りで笑ったが、彼女は聞いているのかいないのか、反応がいまひとつ鈍かった。ケイと目があったので、この子、なんだろうね、という感じで、お互いちょっと首をひねった。
水割りをまずそうにちびちび飲みながら、ため息などついている。どうも、悩みがあるふうだった。
それから半月ほど、私はケイの店を訪れる機会がなかった。久しぶりに顔を出すと、この間ふらりと訪れた例の客がまたしてもいた。
「あの子ね、男運がないのよ」
彼女がトイレに立った際に、ケイは私にささやいた。あのあとも彼女は何度か現れて、ケイにぽつりぽつりと身の上話をしていたらしい。
「こんなところにしょっちゅう来るぐらいだから、レズっ気があるんでしょ。相手を捜しに来てるんじゃないの? 男になんかこだわることないのに」
「その気があるんだかどうだか、ちょっと怪しいわね」
確かに、レズの店に来るからといって、レズビアンだとは限らない。男で失敗して、男はもうこりごりと思って、でも人恋しくて、誰かに慰めてほしくて来る人も少なくないのだ。
彼女、まどかさんという名前だそうだ。そのまどかさんは、だんだん酔うほどに、最初の無口な風情はどこへやら、本領を発揮してきた。
「オトコなんて、何さぁ〜。結局はみんな見かけだけなのよ。自分よりレベルが下だと思うと、もう人のこと見下しちゃって。何をしても、何を言っても許されると思って。俺が付き合ってやってるんだって顔して。でも、別れられないのよ。あ〜ん、尽くせば尽くすほど、ドツボだし。けむたがられるし。なかなか会ってくれないし。でも、捨てられたくなくてさあ。けっこう、金使ってやってるじゃん。でも、なんとも思ってないのよね、きっと。もしかしたら私って利用されてるだけかなって思ったりして」
ほんとはもっととぎれとぎれに支離滅裂に愚痴っていたのだが、こうしてつなげてみれば、だいたいの主旨はわかる。どこにでもありそうな話だった。私とケイはときどき、そんなことないわよ、とか、そんな男、こっちから振ってしまいなさいよ、とか、もっと素敵な人が現れるわよ、とか、適当に相づちを打っていた。しかし彼女にその言葉が届いているとはあまり思えなかった。
「あんた、自分のこと嫌ってるね」
私たちの合いの手も、そろそろネタが尽きかけたとき、それまでは私たちの会話にいっさい参加せずにテーブル席に突っ伏して寝ていたはずの、おかまのショーコが、いきなりむくりと顔を上げて唐突に言った。
「なんだ、ショーコ、聞いてたの」
「ブスだと思ってるでしょ」
「ちょっと、ショーコ……」
私とケイは、ハラハラしながらショーコを見つめた。ショーコは口は悪いが、けっこう核心をついていることが多い。まどかさんはさすがにむっとしたらしく、ちょっと口を尖らせて、そんな言い方しなくても、という顔をした。
「どうなのさ?」
「そうよ、ブスよ。それで男から好かれないってよくわかってるわよ」
「だから、だめなんだ。ブスだと思うからますますブスになるんだよ。もっと自分を愛してあげな。自分のかわいいとこ見つけてあげな。そして、あんたのこと、そのまんまのあんたをかわいいって言ってくれる人が現れるまで、へつらわないでひとりで生きていくんだよ。無理に男を作らなくても、人生いろいろ楽しいことあるじゃないか」
まさにその通りだと私も思った。でも、自分に自信がない分、よけいに、人から認められたいものだ。逆に愛されていると思うだけで自分に自信が持てる。
このまどかさんも、誰かから愛されていると確信できれば、もっと洗練されて、かわいくもなるんだろう。『恋している人はきれいだ』というのは、そういうことなんじゃないかとじつは思う。
かくいう私は、今、きれいだろうか。なんとなく、ケイに目がいった。ケイは漫然と微笑み返した。ああ、私はケイが好きだなあ、ケイもたぶん、私を好いてくれている、と思った。それだけで、心があったかくなった。
帰宅すると、留守電のメッセージランプが点滅していた。ボーイフレンドの琢己からだった。
「なんだぁ、いつもいないんだな。最近、ご無沙汰じゃないか。会いたいよ」
そういえば、かれこれひと月ほど、会っていなかった。
ちょっと遅かったが、コールバックする。すぐにリアクションをしておかないと琢己はむくれる。
「あ、ごめん、寝てた?」
「ああ……相変わらず、遅いんだね」
「いろいろ忙しくてさ」
「俺に使う時間もないってか。そんな程度にしか思ってないわけかな」
「怒らないでよ。私だって会いたいけど」
「電話する時間ぐらい、あるだろ。声聞いたのも1週間ぶりだぞ」
そんなだったっけ? と思った。ケイと再会して以来、私にとってはケイがいちばん大切な人間関係になってしまって、それ以外をなおざりにしていたのは確かだった。
「ごめんごめん、ほんと、仕事が忙しくて。ばたばたでさあ。でも、そろそろめどがたったから、ほんと……」
「で、いつ会えるのさ」
「そう、ね。今度の週末?」
週末。近郊にドライブして、食事をして、私を家まで送ってきたついでに部屋に上がり込んで、というお決まりのコースデートをした。
部屋に上がったとたん、琢己は当たり前のように迫ってきた。こちらに応じる気があるかどうかなんてまったくおかまいなしにソファに押し倒し、いきなり下半身に指を突っ込んでくる。なんなんだ、この性急さは。ちょっと、カチンときた。
でも、私が
「いや……ちょっと、待って……」
とつぶやいても、それは例の『いやよいやよも好きのうち』ぐらいにしか思ってないらしい。さっさと自分のパンツを下ろし、目の前に突き出して、フェラチオを要求する。
その半立ちのものが、今までけっこう見慣れていたはずなのに、なんだか急にグロテスクなシロモノに見えてきた。これをくわえるのが当然と思っているらしい琢己にも、無性に腹が立った。
今までは、こういった琢己のやり口に、あまり逆らうこともせず、なんとなく流れに任せていた。セックスなんてそんなもんだと思っていたが、ケイの店に出入りするようになってから、というより、ケイと肌を合わせてから、私の中で何かが変化したようだった。
「琢己ってば、ちょっと、ゴーイン……」
少し、冷たい口調で言った。琢己は意外そうな顔をした。
「なんだよ、いいじゃないか。おまえだってしたいだろ、ほら……」
あそこに指を入れて、強くごしごしと出し入れしている。
気分がまだ盛り上がっていない私は、まだ痛くて、嫌悪感があった。ちょっと腰を浮かし、イヤ……、と小さく抗ったが、相変わらず琢己は、その言葉を勘違いしている。よけい激しくあそこをこすり始めた。
なんで男は、あそこにピストン運動さえすれば、常に女は気持ちよがるものだと思っているんだろう。女の身体はそんなに単純じゃないのに。
男の性感帯がけっこう一極集中しているせいだろうか。だから女も、あそこさえ刺激すればいいと思っているのだろうか。それともあそこにはやく押し入りたいという欲望がそうさせるのだろうか。
『ああ、だから男は……』と思いだすと、ますます私は冷めてしまった。セックスが苦痛になってきた。思い切って、私は言った。
「ねえ、ごめん。なんだか、今日はそんな気分になれない」
「なんだよ、変だぞ。このごろぜんぜん会ってくれないし。ひと月ぶりなんだぞ。それなのに拒否するのかよ。オレが嫌いになったのか?」
「そんなんじゃないけど。ね、ごめんね。今日はかんにんして」
「じゃあなぜ、会ったんだよ」
会ったらしなきゃいけないのか。男と女ってそんなもんなのか。なんだかどこかが変だ。
でも、私は自分の気持ちをうまく表現できなくて、ひたすら「ごめんね」を繰り返した。
琢己はブスッとふくれっ面をしたまま帰ってしまった。琢己が乱暴に閉めた扉の音が、バタンと空しく響いた。私は心がすれ違ったままにひとり残されて、なんだかケイのことを考えた。ケイに無性に会いたくなった。心の隙間を埋めたかったのかもしれない。この時間ならまだ家にいるはずだった。私はすばやく身支度を済ませると、ケイのマンションに向かった。
「どうしたの、突然」
「なんかね、急にケイに会いたくなっちゃって」
「うれしいこと言ってくれるね。何か飲む?」
「その、まず飲み物をすすめるところ、職業病じゃない?」
「あらやだ」
ふたりでほがらかに笑った。
「でも、ごめんね、仕事出かけるんでしょ?」
「店は気分次第。私の気まぐれ、お客さんは承知してるわ。スーが来たから休んじゃおうかな」
「そんな、悪いわ。ほんとに?」
「ほんと。スーに社交辞令なんて言わないわ」
ケイといるとなんだかホッとする。無理に自分を作る必要もない。人間って、ちょっとしたことで、あるいは相手次第で簡単に気分も変わるものだ。さっきまでのブルーな霧がいっきに晴れていった。
ひとしきり雑談をして、ふと時計を見るとすっかり夜も更けていた。
「ねえ、ケイ、今晩、いっしょに寝かしてくれない?」
「いいわよ、寝るだけ?」
「うん、寝るだけ。添い寝したい」
「それだけで終わるかな?」
ケイが含み笑いをした。
バスルームで軽くじゃれあって、バスローブ一枚でダブルベッドに潜り込んだ。なんとなく向きあい、目と目があって微笑えんだ。お互いの髪や頬や唇の上を指先でゆっくりと軽く撫でていく。ケイの表情がだんだん真剣になってきた。きりっとして素敵な眉。引き締まった口元。
私たちはどちらからともなくバスローブの帯を解きあう。
色白の肌に、ふっくらと盛り上がった、素敵な形のバスト。その先端でかわいらしく紅を落とし、ちょこんと突き出している乳首が堅く立っていた。
ケイのヌードはいつ見ても美しい。私は美しいものが好きだ。「きれいね」と思わずささやくと、ケイも、「あなたもとってもきれいよ」と誉めてくれる。そして、私の身体を、きゃしゃなガラス細工に触れるように、優しく、そっとタッチしてくる。すらりと伸びたその指先に神経を集中させると、身体中がゾワゾワと波立ってきた。
ケイがゆっくりと、私の全身を抱きしめた。ほんとうに、愛おしげに抱きしめてくれた。そして、ちょっとハスキーな柔らかい声で、ほんと、素敵よ、と耳元でささやいた。その吐息が首筋にかかって、私はもうたまらなくなってしまった。
「ああ、ケイ、どうしよう。なんだか、とっても感じてきた」
「私もさっきから、たまらなく感じてるわ。スーが好きだって、私の全身が叫んでるの」
私たちはあせらなかった。いつまでも飽くことなく、静かに触れあっていた。あそこにものを入れることだけが歓びじゃなかった。ゆっくりとかすかに全身を触りあい、その単純な作業のなかで、このうえなく感じることができた。ここをこんなふうに触るとこう感じる。といったようなことをいくつも発見した。その感じ方の強弱は相手の震え方で理解できた。
それから、キス。めくるめくような、キス。まず唇同士がそっと触れて、ささやくように絡みあう。歓びの吐息が自然と漏れる。舌を差し入れ、だんだんディープになって、もつれあい、激しく吸いあう。
すてき、感じる……。口の中が熱く興奮してくる。背筋にまで歓びが広がっていく。波のように、寄せては、返す。
誰かが、口の中も性器だと言っていた。最初、それを聞いたときは、なんだかピンとこなかったが、こんなキスをすると、そのことを実感する。お互いの性感がほんとうに高まったとき、そんなキスが訪れる。お互いの口の中を舌でかき回し、急激に興奮が高まって、ほんとうに性器のように、エクスタシーの波が襲ってくる。ああ、すごい、波に呑まれてしまう……。
肌を触れあって、キスをして、添い寝をした。言葉にすればたったそれだけのことしか、私たちはしなかった。それでも、いわゆる普通のセックスと同様の、もしかしたらそれ以上の快感を得ることができるのだ。それは女同士だからか、それとも、私がケイのことをとっても好きだからなのか。よく、わからない。
でも、ただ言えるのは、セックスは頭でするものだと思う。それは理論的に考えて行動する、という意味ではない。感じる、感じないも、相手への感情だとかそのときの気分だとか、やっぱり頭に影響されているのだ。そこをピッとを押せばいつも同じようにピッと反応する機械なんかじゃ、決してない。
ケイの肌は柔らかくていい匂いがした。私は心満たされて、ぐっすりと眠った。
◇第2章◇ 真美の深刻な悩み・・挿入できない
ここのところ友人知人の結婚披露宴出席が重なった。こういうものはなぜか集中するらしい。私もそういう歳なんだなあとしみじみ思う。
やはりそんな披露宴のひとつに出席した。新婦と私は、短大時代に同じサークルのメンバーで、新郎は頻繁に合コンをしてた他大学の同系統のサークルの人だったから、3次会はサークルOB主催の気のおけないものとなった。話題は自然と恋愛や結婚の話になって、あの頃、誰と誰が付き合ってたとか、あのふたりはもう別れたとか、あいつは実家に帰って平凡な旦那におさまってるとか、そういえばスーはあの頃、浮いた噂がひとつもなかったけど、学生時代に付き合ってた人はいなかったの? なんて突っ込みまで入って、なんだか妙にセンチメンタルな気分にさせられてしまった。無責任で平和だった学生時代と、いつの間にかみんなそれなりに歳をとって、それなりに社会人してたりする、そのギャップに対する切なさだ。
なんだかこの気分を抱えたままでひとり暮らしの部屋に帰るのはうっとうしかった。私はいかにも披露宴の帰りでございますといった引き出物を抱えたまま、ケイの店へと足を運んだ。
「あら、披露宴の帰り?」
「そうなのだよ。で、なんかちょっとばかし自分の人生振り返ったりしちゃってね……」
「何? 元カレの披露宴とか?」
「じゃないけど……。結婚かあ……」
「……」
ケイは、なるほどね、という顔をしながら私のボトルを用意している。
「スーはやっぱり結婚したい?」
「ふだんはほとんど考えないね。でも周りがばたばた片づいていくのを見続けていると、ふとね。自分の将来はどうなのかなあなんて、ちょっとだけね」
「ひとりじゃ寂しいかなあとか、結婚して男とペアになるのがとりあえず常識的だからとか」
「たぶんね。それに私、ひとりっ子だから、両親を亡くしたら天涯孤独ってわけでさ。ケイはそういうこと考えたことないの?」
「そうねえ、自分がレズだと自覚したときから、いわゆる平凡な結婚はできないだろうなって思ったから。でもやっぱりたったひとりってのは寂しいし、常に愛する人は欲しいな。将来のことは考えてもしょうがないしね」
「ケイはこうしてお店を持って自立してるしね。あと愛があれば言うことなしか」
「愛よねえ……」
「愛だよねえ……」
目と目があってにっこり微笑んだ。さいわい店にはほかに客はいなかった。ケイのきゃしゃな指先が私の唇をすっと撫でる。
私はその指先をぱくりとくわえ、エロティックに舌を這わせた。ふたりの唇がカウンター越しに急接近する。吐息が混じり合った。
「ああ、すてき……」
「わかったわ」
「何が?」
「私たち、愛だけじゃきっと満足しないわ」
「そうかしら」
「愛あるエクスタシーが必要よ」
「それは当然……」
唇と唇が触れ合ったことでエロスの炎がめらめらと燃え上がってしまった。なんだかキスだけじゃものたりない。それはケイも同じのようだった。カウンターから出てきて、壁側のソファに誘う。どちらからともなくソファに倒れ込み、熱いキスの続きをした。
「お客さんが突然来たらどうするの?」
キスの合間に私はささやく。
「かまわないわ、見せつけてやりましょ」
ケイの唇は私の首筋から耳たぶのほうへと這っていった。私の一番の弱点だ。ここを攻められると腰砕け状態になってしまう。全身がゾクゾク震え、呼吸が苦しいほどになる。
「あっ……アウッ……」
「あんまり大きな声をあげないでね。誰かに聞かれるわよ」
「ケイの、いじわる……ああっ……」
ケイの柔らかい舌は、執拗に私の耳たぶを舐め、軽くかみ、耳の穴をつんとつつき、熱い吐息を吹きかけた。私は声を殺したまま、息苦しい快感にもだえている。
「ああん……許して……」
「許してなんて言いながら、ほんとはもっとして欲しいんでしょ。ほら、ここをすっかり濡らしているみたいね」
ケイの指先が下半身に伸びてきた。ストッキングの上から、ちょうどクリトリスのあたりを円を描くように、そして小刻みに押しつけてくる。そのうえ、舌による耳への攻撃が重なって、私はすっかり快感の波に呑まれていった。
ケイの言うとおりだ。私は愛あるエクスタシーが欲しい。
ケイとそんなやり取りをしてからしばらくたった頃、高校時代の友人から、突然電話をもらった。
「あら真美、どうしたの?」
「うん、突然なんだけど、私、来月結婚するの。まず、それを報告しようと思って」
「あら、まあ、おめでとう」
びっくりした。真美が結婚することではなく、この電話自体にびっくりした。こうして電話で結婚のことを報告してくるほど真美と親しい間柄ではなかったからだ。それに電話越しの真美の声も、めでたい報告をするにしてはハリがなかった。
「それで、あの、ちょっと会って話せないかな」
「うん? いいけど?」
ますますよくわからない。深刻な相談事だろうか。いわゆるマリッジブルーってやつだろうか。もしかしたら真美にもレズっけがあって、『あなたのことずっと好きだったのよ。結婚する前にしっかり抱いて』などと言われたらどうしようとまで真剣に悩んでしまった。あとでそのことをケイに話したらすっかり笑われてしまったが。
数日後、真美ととある喫茶店で待ち合わせをした。
「なあに? 話って」
「あの、スーって、ケイさんと親しかったわよね。今も行き来はあるの?」
なあんだ、狙いはケイだったのか。当てが外れた。
「ええ、ときどき、会ってるけど」
「あの……ねえ、ケイさんが新宿の2丁目でお店を持ったってうわさを聞いたんだけど、ほんと?」
「そうよ。私もよく行くわ」
「そう……今度、連れていってくれないかしら」
「それはかまわないけど、どうして? 婚約中なんでしょ、なんだかおだやかじゃないわねえ」
「そんなに怪しいところなの?」
「そういう意味じゃなくて。なんていうかな、ごめんね。ずけずけ言うけど、私たちってそれほど親しかったわけじゃないでしょ。それがこういう時期にいきなり電話をもらって、ケイの店に行きたいだなんて、なんかあるなと思うじゃない」
「そうよね……ケイさんにね、ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあって。そのとき、スーにも聞いてもらうわ」
やっぱりワケありのようだ。私から経緯を聞いたケイが、そういうことならお店より自宅のほうがいいだろうというので、次の休みの日、私と真美はケイのマンションを訪れた。
「ごめんなさい。突然」
「いいのよ、別に。なんか悩み事? いいアドバイスができるかどうかわからないけど。ちょっとお酒が入ったほうが話しやすいかな?」
「じゃあ、ちょっと……」
「で?」
うながされるままに、真美はぽつぽつと話し出した。職場の先輩からプロポーズされて、嫌いではなかったからOKしたが、セックスが怖いという。付き合っているあいだ、もちろん彼は何度か誘ってきた。今までは『結婚まではそういうことはしたくない』という言い方で拒否をして、彼もしぶしぶ引いてくれていたが、結婚すればその言い訳はもちろん通用しなくなるわけだ。
「今までセックスの経験は?」
「何度か試みたことはあるけど、いつも挿入できなくて、ひどいときは膣ケイレン? みたいな感じで、それで私、一生セックスできないかもしれないって思って」
「オナニーはしたことある?」
「ないの。アソコを触ったり、ましてや指を入れるなんて絶対できない」
これはけっこう重症だ。もしかしたら医者の領域かもしれなかった。
「私、男の人、だめなのかしら?」
それでケイを頼ってきたわけか。でも真美の場合はそれ以前の問題だ。
「でも、彼のこと好きなんでしょ? 男の人が嫌いってわけじゃないでしょ。もう触られるのもいやって感じでもないでしょ?」
「そう、ね。嫌いじゃ、ないわ」
真美は燃えるような恋愛をしたことがあるのだろうか。その人のことを思うだけで激しく身体がうずいて、たまらなく欲しくなって、ああ、その人と……ケイと目があった。あんたの考えてることはわかるわよ、ほんとにエッチな子ね、とその目が言っている。そんな身体に誰がしたのよ、と私は目で言い返した。エッチでけっこう。私はエッチが好きだ。エッチが嫌いだという真美がかわいそうになった。
「ねえ、なんで私に相談しようと思ったの? いちばんいいのは彼に相談することだと思うし、それができそうもなくて、本当に深刻な状態なら、お医者さんでもいいと思うけど」
ケイが柔らかい声で問いかける。
「覚えてないかしら、高校2年の文化祭のとき、クラスで演劇をしたでしょ? ケイさんは男役で、それもドンファンな男で、ウブな村娘たちを次々……みたいなストーリーで、村祭りの晩に踊りの輪の中で、村娘のひとりだった私に流し目をしてチュッと唇にキスするシーン」
「ああ、あったあった」
「それから、村長の娘がジャジャ馬で、ほんとうはケイさんのことが好きなくせに、素直になれなくて、最後にケイさんが強引に抱擁するでしょ、相手役は牧村さんだったわね」
「そうそう、彼女。そのあと彼女、バシッと私の頬を叩くのよね。で、泣き出して。それはほんとはうれし涙で。私は慰めるように抱きしめて、最後は恋人同士のキス」
「なんて、おいしそうな役」
私がチャチャを入れる。牧村さんのこと、好きだったんでしょ。役得と思ったんじゃない、という意味合いを込めながら。でもケイは一蹴する。
「あくまでも演技だからね」
「本当? けっこうマジだったんじゃない?」
「確かに本気で殴られてけっこう痛かったけど……ああ、ごめんごめん、話がずれちゃったね。真美さん続けて」
「私は、成り行きでプロポーズを受けちゃったけど、セックスできないどうしよう、私ってどこか変なのかしらって思ったとき、あのことを思い出したの。あれは確かに演劇のワンシーンだったけど、ケイさんの一瞬のキスにゾクッとしたし、牧村さんとのシーンを横から見ててうらやましいなと思ったの」
「だから、ケイとならできるかもしれない?」
「そういうわけじゃないけど……」
真美はとまどったように頬を染めている。
「試してみたら?」
「ちょっとスー、あまり真美さんをいじめるもんじゃないわよ。真面目に相談に来てるんだから」
「あら、でもこういうことは頭で考えてるだけじゃだめなのよ。身体に聞かなきゃ」
「どうしてスーは言うことがそう生臭くなるんだろうね」
「人間だもの、生臭いわよ。汗もかくし、おしっこもウンチもするしね」
「はいはい、わかりました」
「ねえ、真美さん、見てて。こういうシーンはやっぱりどきどきする? それとも汚らわしくって見てられないと思う?」
私はそう真美に聞きながら、いきなりケイに迫っていった。ことさらに濃厚なフレンチキッス。ケイも即座に返してくる。最初は演技でも、すぐにふたりの身体は反応しはじめ、一気にボルテージが上がる。しばらくは真美が横で見ていることを忘れ、お互いの唇を貪りあった。
こうなればとことん真美に見せてやれ、とケイは思ったのかもしれない。ケイは私の耳たぶを攻め始めた。ああ、そこは禁じ手! と私は心で思ったが、もうどうしようもない。一気に主導権はケイに移ってしまい、私はすっかりネコになる。
「ああ、ケイ……アアンッ! いいっ!」
もう私はケイのなすがままだ。ほら、ケイが乳首を揉みほぐす。どんどん私の息づかいが荒くなる。ハアッ……ハアッ……ああ、気持ちいいっもっともっと気持ちよくして……。だんだん身体が弛緩していく。でもケイの唇や指先に触られる部分だけはますます鋭敏になる。ああ、ケイ、すごく、いいよ。
「ほんとにスーはいやらしい子ね。人が見ていても平気なの?」
ケイの熱い息の混じった言葉が耳元でささやかれ、私はますますぞくぞくしながらコクリと頷く。
「そう、じゃあ、足を開いて。自分でアソコを触ってごらんなさい」
「ああ、そんな、こと……」
「真美さんにじっくり見てもらいなさい。いつも、いつも、してるでしょ。エッチなスー! ほらっ!」
真美の視線が私を焦がす。恥ずかしい。さすがに私はいやいやと首をふり、すがるような目をケイに向ける。
「ほら、はやくなさい!」
ケイが鋭く命令した。
私の指先は股間に伸び、まずパンティの上から何度も何度も撫でた。もうすっかり興奮している身体はもっと強い刺激を求めている。私はじれったげにパンティの間に指を入れる。
「まあ、せっかちね。もう我慢できないの。しょうがないわ、手伝ってあげる」
ケイがパンティを脱がしてくれた。それだけじゃなかった。私の足を大きく開くと、私に言った。
「ほら、自分の指を使って、そこをむき出しにしてごらん。もっと。もっと。はっきりとクリトリスが見えるように。スーのよく発達したクリトリスをよく見せて」
私は言われるままに、両手を使ってしっかりとクリトリスをむき出しにする。すると、ケイはそこにいきなり舌を這わせた。
「アアッ!!」
すごい快感が走った。無防備でかつすっかり興奮して熱く火照ったクリトリスがいきなり攻められたのだ。一気にいってしまいそうなほどの快感だった。
「アアッ! イッちゃう、イッちゃいそう!」
私は無我夢中で腰を動かし、恥ずかしいほどすばやく駆け抜けてしまった。
真美はそれらを呆然と見ていた。自分もして欲しいと思ったか、それともこんなこと絶対できないと思ったか、そのときは聞かなかった。よかったらまた遊びに来て。いつでも歓迎よ。と、ケイは言った。初めての客にいつもケイが言う決まり文句だ。
私とケイとの絡み合いは、真美には刺激が強すぎたかもしれない。どれくらいの間隔を置いて彼女が連絡してくるか、ケイと賭けた。私は、
「もしかしたらこれきりかもね」
と言った。ケイは小憎らしいほど自信たっぷりの笑みを浮かべて答える。
「そうかしら、1〜2週間で反応があると思うけど」
そして正確には16日後、彼女はふらりとケイの店を訪れた。
チリリンとベルの音を鳴らして真美が入ってきたとき、私もたまたまいつもの席に座っていて、すかさずケイに合図を送った。
「来たよ、彼女。ケイの言うとおりだ。どうしてわかったの?」
「なんとなくね。商売柄、いろんな人を見てるからかな」
そして、おどおどしたふうの真美をいつもの笑顔で温かく迎える。
「よく来てくれたわね、真美」
「ええ。ちょっと……ちょっと新宿に来るついでがあったから……」
ほんとについでがあったかどうかはわからない。でもそう言いたい気持ちはわかる。
こっちこっち、と私が手招きするのを見て、真美はコクンと頷くと、隣の止まり木にするりと身体をすべり込ませた。
「何、飲む?」
「えっと……水割り?……」
そうだ、今夜はどんどん飲まして酔わせてしまおう。酔えばいろんな殻も破れやすくなるというものだ。真美自身も、酔ってしまえば気が楽だという思いがあったのかもしれない。さしさわりのない高校時代の思いで話などをしながら調子よく杯を空け、けっこう酔っぱらってきた。そろそろ頃合いはいいかもしれない。私はさりげなく切り出した。
「でもよく来たね。もしかしたらもうあれっきりかな、なんて思ってた」
「どうして?」
「だって、このあいだの……真美にはちょっと激しかったかな、なんて……やだ、これ以上言わせないで。照れちゃうじゃない」
カウンター越しに聞いてたケイが、すかさず口を挟む。
「あら、スーにも、照れるなんてことあったの? それにしては大胆だったけどね。ねえ、もう人目もはばからずアソコを広げて、もだえちゃって」
「やだ、ケイってば」
「私もね……」
真美がボソリとつぶやく。
「私も、じつはどうしようかと思ったの。なんだかまた来るのは恥ずかしかったし。ここの扉を開けるのは、大げさだけど、とっても勇気がいった。でもね、そうしなければ何も変わらないような気がしたの。私が女として欠陥があるとは思いたくないの。ケイさんやスーほどでなくてもいいけど、人並みにセックスとかもしたいし、悦びを味わいたい」
「てことは私たちは人並み以上ってわけか」
「まあいいじゃない。でも、それはフツーの願望よ。何もヘンタイじゃない。愛を身体で感じる悦びよ。ねえ、スー」
「そうだよね」
すばやく、ケイと私はキスを交わした。その一瞬の触れあいだけでも、私はなんだか感じてしまう。もっともっとケイが欲しくなってしまう。そんなふたりのしぐさを、真美はちょっとうらやましげに見ていた。
「じゃあ、今日はみんなでケイのマンションに泊まろう。ねえ、それで、愛のレッスン第2章をしましょうよ」
ここのところ友人知人の結婚披露宴出席が重なった。こういうものはなぜか集中するらしい。私もそういう歳なんだなあとしみじみ思う。
やはりそんな披露宴のひとつに出席した。新婦と私は、短大時代に同じサークルのメンバーで、新郎は頻繁に合コンをしてた他大学の同系統のサークルの人だったから、3次会はサークルOB主催の気のおけないものとなった。話題は自然と恋愛や結婚の話になって、あの頃、誰と誰が付き合ってたとか、あのふたりはもう別れたとか、あいつは実家に帰って平凡な旦那におさまってるとか、そういえばスーはあの頃、浮いた噂がひとつもなかったけど、学生時代に付き合ってた人はいなかったの? なんて突っ込みまで入って、なんだか妙にセンチメンタルな気分にさせられてしまった。無責任で平和だった学生時代と、いつの間にかみんなそれなりに歳をとって、それなりに社会人してたりする、そのギャップに対する切なさだ。
なんだかこの気分を抱えたままでひとり暮らしの部屋に帰るのはうっとうしかった。私はいかにも披露宴の帰りでございますといった引き出物を抱えたまま、ケイの店へと足を運んだ。
「あら、披露宴の帰り?」
「そうなのだよ。で、なんかちょっとばかし自分の人生振り返ったりしちゃってね……」
「何? 元カレの披露宴とか?」
「じゃないけど……。結婚かあ……」
「……」
ケイは、なるほどね、という顔をしながら私のボトルを用意している。
「スーはやっぱり結婚したい?」
「ふだんはほとんど考えないね。でも周りがばたばた片づいていくのを見続けていると、ふとね。自分の将来はどうなのかなあなんて、ちょっとだけね」
「ひとりじゃ寂しいかなあとか、結婚して男とペアになるのがとりあえず常識的だからとか」
「たぶんね。それに私、ひとりっ子だから、両親を亡くしたら天涯孤独ってわけでさ。ケイはそういうこと考えたことないの?」
「そうねえ、自分がレズだと自覚したときから、いわゆる平凡な結婚はできないだろうなって思ったから。でもやっぱりたったひとりってのは寂しいし、常に愛する人は欲しいな。将来のことは考えてもしょうがないしね」
「ケイはこうしてお店を持って自立してるしね。あと愛があれば言うことなしか」
「愛よねえ……」
「愛だよねえ……」
目と目があってにっこり微笑んだ。さいわい店にはほかに客はいなかった。ケイのきゃしゃな指先が私の唇をすっと撫でる。
私はその指先をぱくりとくわえ、エロティックに舌を這わせた。ふたりの唇がカウンター越しに急接近する。吐息が混じり合った。
「ああ、すてき……」
「わかったわ」
「何が?」
「私たち、愛だけじゃきっと満足しないわ」
「そうかしら」
「愛あるエクスタシーが必要よ」
「それは当然……」
唇と唇が触れ合ったことでエロスの炎がめらめらと燃え上がってしまった。なんだかキスだけじゃものたりない。それはケイも同じのようだった。カウンターから出てきて、壁側のソファに誘う。どちらからともなくソファに倒れ込み、熱いキスの続きをした。
「お客さんが突然来たらどうするの?」
キスの合間に私はささやく。
「かまわないわ、見せつけてやりましょ」
ケイの唇は私の首筋から耳たぶのほうへと這っていった。私の一番の弱点だ。ここを攻められると腰砕け状態になってしまう。全身がゾクゾク震え、呼吸が苦しいほどになる。
「あっ……アウッ……」
「あんまり大きな声をあげないでね。誰かに聞かれるわよ」
「ケイの、いじわる……ああっ……」
ケイの柔らかい舌は、執拗に私の耳たぶを舐め、軽くかみ、耳の穴をつんとつつき、熱い吐息を吹きかけた。私は声を殺したまま、息苦しい快感にもだえている。
「ああん……許して……」
「許してなんて言いながら、ほんとはもっとして欲しいんでしょ。ほら、ここをすっかり濡らしているみたいね」
ケイの指先が下半身に伸びてきた。ストッキングの上から、ちょうどクリトリスのあたりを円を描くように、そして小刻みに押しつけてくる。そのうえ、舌による耳への攻撃が重なって、私はすっかり快感の波に呑まれていった。
ケイの言うとおりだ。私は愛あるエクスタシーが欲しい。
ケイとそんなやり取りをしてからしばらくたった頃、高校時代の友人から、突然電話をもらった。
「あら真美、どうしたの?」
「うん、突然なんだけど、私、来月結婚するの。まず、それを報告しようと思って」
「あら、まあ、おめでとう」
びっくりした。真美が結婚することではなく、この電話自体にびっくりした。こうして電話で結婚のことを報告してくるほど真美と親しい間柄ではなかったからだ。それに電話越しの真美の声も、めでたい報告をするにしてはハリがなかった。
「それで、あの、ちょっと会って話せないかな」
「うん? いいけど?」
ますますよくわからない。深刻な相談事だろうか。いわゆるマリッジブルーってやつだろうか。もしかしたら真美にもレズっけがあって、『あなたのことずっと好きだったのよ。結婚する前にしっかり抱いて』などと言われたらどうしようとまで真剣に悩んでしまった。あとでそのことをケイに話したらすっかり笑われてしまったが。
数日後、真美ととある喫茶店で待ち合わせをした。
「なあに? 話って」
「あの、スーって、ケイさんと親しかったわよね。今も行き来はあるの?」
なあんだ、狙いはケイだったのか。当てが外れた。
「ええ、ときどき、会ってるけど」
「あの……ねえ、ケイさんが新宿の2丁目でお店を持ったってうわさを聞いたんだけど、ほんと?」
「そうよ。私もよく行くわ」
「そう……今度、連れていってくれないかしら」
「それはかまわないけど、どうして? 婚約中なんでしょ、なんだかおだやかじゃないわねえ」
「そんなに怪しいところなの?」
「そういう意味じゃなくて。なんていうかな、ごめんね。ずけずけ言うけど、私たちってそれほど親しかったわけじゃないでしょ。それがこういう時期にいきなり電話をもらって、ケイの店に行きたいだなんて、なんかあるなと思うじゃない」
「そうよね……ケイさんにね、ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあって。そのとき、スーにも聞いてもらうわ」
やっぱりワケありのようだ。私から経緯を聞いたケイが、そういうことならお店より自宅のほうがいいだろうというので、次の休みの日、私と真美はケイのマンションを訪れた。
「ごめんなさい。突然」
「いいのよ、別に。なんか悩み事? いいアドバイスができるかどうかわからないけど。ちょっとお酒が入ったほうが話しやすいかな?」
「じゃあ、ちょっと……」
「で?」
うながされるままに、真美はぽつぽつと話し出した。職場の先輩からプロポーズされて、嫌いではなかったからOKしたが、セックスが怖いという。付き合っているあいだ、もちろん彼は何度か誘ってきた。今までは『結婚まではそういうことはしたくない』という言い方で拒否をして、彼もしぶしぶ引いてくれていたが、結婚すればその言い訳はもちろん通用しなくなるわけだ。
「今までセックスの経験は?」
「何度か試みたことはあるけど、いつも挿入できなくて、ひどいときは膣ケイレン? みたいな感じで、それで私、一生セックスできないかもしれないって思って」
「オナニーはしたことある?」
「ないの。アソコを触ったり、ましてや指を入れるなんて絶対できない」
これはけっこう重症だ。もしかしたら医者の領域かもしれなかった。
「私、男の人、だめなのかしら?」
それでケイを頼ってきたわけか。でも真美の場合はそれ以前の問題だ。
「でも、彼のこと好きなんでしょ? 男の人が嫌いってわけじゃないでしょ。もう触られるのもいやって感じでもないでしょ?」
「そう、ね。嫌いじゃ、ないわ」
真美は燃えるような恋愛をしたことがあるのだろうか。その人のことを思うだけで激しく身体がうずいて、たまらなく欲しくなって、ああ、その人と……ケイと目があった。あんたの考えてることはわかるわよ、ほんとにエッチな子ね、とその目が言っている。そんな身体に誰がしたのよ、と私は目で言い返した。エッチでけっこう。私はエッチが好きだ。エッチが嫌いだという真美がかわいそうになった。
「ねえ、なんで私に相談しようと思ったの? いちばんいいのは彼に相談することだと思うし、それができそうもなくて、本当に深刻な状態なら、お医者さんでもいいと思うけど」
ケイが柔らかい声で問いかける。
「覚えてないかしら、高校2年の文化祭のとき、クラスで演劇をしたでしょ? ケイさんは男役で、それもドンファンな男で、ウブな村娘たちを次々……みたいなストーリーで、村祭りの晩に踊りの輪の中で、村娘のひとりだった私に流し目をしてチュッと唇にキスするシーン」
「ああ、あったあった」
「それから、村長の娘がジャジャ馬で、ほんとうはケイさんのことが好きなくせに、素直になれなくて、最後にケイさんが強引に抱擁するでしょ、相手役は牧村さんだったわね」
「そうそう、彼女。そのあと彼女、バシッと私の頬を叩くのよね。で、泣き出して。それはほんとはうれし涙で。私は慰めるように抱きしめて、最後は恋人同士のキス」
「なんて、おいしそうな役」
私がチャチャを入れる。牧村さんのこと、好きだったんでしょ。役得と思ったんじゃない、という意味合いを込めながら。でもケイは一蹴する。
「あくまでも演技だからね」
「本当? けっこうマジだったんじゃない?」
「確かに本気で殴られてけっこう痛かったけど……ああ、ごめんごめん、話がずれちゃったね。真美さん続けて」
「私は、成り行きでプロポーズを受けちゃったけど、セックスできないどうしよう、私ってどこか変なのかしらって思ったとき、あのことを思い出したの。あれは確かに演劇のワンシーンだったけど、ケイさんの一瞬のキスにゾクッとしたし、牧村さんとのシーンを横から見ててうらやましいなと思ったの」
「だから、ケイとならできるかもしれない?」
「そういうわけじゃないけど……」
真美はとまどったように頬を染めている。
「試してみたら?」
「ちょっとスー、あまり真美さんをいじめるもんじゃないわよ。真面目に相談に来てるんだから」
「あら、でもこういうことは頭で考えてるだけじゃだめなのよ。身体に聞かなきゃ」
「どうしてスーは言うことがそう生臭くなるんだろうね」
「人間だもの、生臭いわよ。汗もかくし、おしっこもウンチもするしね」
「はいはい、わかりました」
「ねえ、真美さん、見てて。こういうシーンはやっぱりどきどきする? それとも汚らわしくって見てられないと思う?」
私はそう真美に聞きながら、いきなりケイに迫っていった。ことさらに濃厚なフレンチキッス。ケイも即座に返してくる。最初は演技でも、すぐにふたりの身体は反応しはじめ、一気にボルテージが上がる。しばらくは真美が横で見ていることを忘れ、お互いの唇を貪りあった。
こうなればとことん真美に見せてやれ、とケイは思ったのかもしれない。ケイは私の耳たぶを攻め始めた。ああ、そこは禁じ手! と私は心で思ったが、もうどうしようもない。一気に主導権はケイに移ってしまい、私はすっかりネコになる。
「ああ、ケイ……アアンッ! いいっ!」
もう私はケイのなすがままだ。ほら、ケイが乳首を揉みほぐす。どんどん私の息づかいが荒くなる。ハアッ……ハアッ……ああ、気持ちいいっもっともっと気持ちよくして……。だんだん身体が弛緩していく。でもケイの唇や指先に触られる部分だけはますます鋭敏になる。ああ、ケイ、すごく、いいよ。
「ほんとにスーはいやらしい子ね。人が見ていても平気なの?」
ケイの熱い息の混じった言葉が耳元でささやかれ、私はますますぞくぞくしながらコクリと頷く。
「そう、じゃあ、足を開いて。自分でアソコを触ってごらんなさい」
「ああ、そんな、こと……」
「真美さんにじっくり見てもらいなさい。いつも、いつも、してるでしょ。エッチなスー! ほらっ!」
真美の視線が私を焦がす。恥ずかしい。さすがに私はいやいやと首をふり、すがるような目をケイに向ける。
「ほら、はやくなさい!」
ケイが鋭く命令した。
私の指先は股間に伸び、まずパンティの上から何度も何度も撫でた。もうすっかり興奮している身体はもっと強い刺激を求めている。私はじれったげにパンティの間に指を入れる。
「まあ、せっかちね。もう我慢できないの。しょうがないわ、手伝ってあげる」
ケイがパンティを脱がしてくれた。それだけじゃなかった。私の足を大きく開くと、私に言った。
「ほら、自分の指を使って、そこをむき出しにしてごらん。もっと。もっと。はっきりとクリトリスが見えるように。スーのよく発達したクリトリスをよく見せて」
私は言われるままに、両手を使ってしっかりとクリトリスをむき出しにする。すると、ケイはそこにいきなり舌を這わせた。
「アアッ!!」
すごい快感が走った。無防備でかつすっかり興奮して熱く火照ったクリトリスがいきなり攻められたのだ。一気にいってしまいそうなほどの快感だった。
「アアッ! イッちゃう、イッちゃいそう!」
私は無我夢中で腰を動かし、恥ずかしいほどすばやく駆け抜けてしまった。
真美はそれらを呆然と見ていた。自分もして欲しいと思ったか、それともこんなこと絶対できないと思ったか、そのときは聞かなかった。よかったらまた遊びに来て。いつでも歓迎よ。と、ケイは言った。初めての客にいつもケイが言う決まり文句だ。
私とケイとの絡み合いは、真美には刺激が強すぎたかもしれない。どれくらいの間隔を置いて彼女が連絡してくるか、ケイと賭けた。私は、
「もしかしたらこれきりかもね」
と言った。ケイは小憎らしいほど自信たっぷりの笑みを浮かべて答える。
「そうかしら、1〜2週間で反応があると思うけど」
そして正確には16日後、彼女はふらりとケイの店を訪れた。
チリリンとベルの音を鳴らして真美が入ってきたとき、私もたまたまいつもの席に座っていて、すかさずケイに合図を送った。
「来たよ、彼女。ケイの言うとおりだ。どうしてわかったの?」
「なんとなくね。商売柄、いろんな人を見てるからかな」
そして、おどおどしたふうの真美をいつもの笑顔で温かく迎える。
「よく来てくれたわね、真美」
「ええ。ちょっと……ちょっと新宿に来るついでがあったから……」
ほんとについでがあったかどうかはわからない。でもそう言いたい気持ちはわかる。
こっちこっち、と私が手招きするのを見て、真美はコクンと頷くと、隣の止まり木にするりと身体をすべり込ませた。
「何、飲む?」
「えっと……水割り?……」
そうだ、今夜はどんどん飲まして酔わせてしまおう。酔えばいろんな殻も破れやすくなるというものだ。真美自身も、酔ってしまえば気が楽だという思いがあったのかもしれない。さしさわりのない高校時代の思いで話などをしながら調子よく杯を空け、けっこう酔っぱらってきた。そろそろ頃合いはいいかもしれない。私はさりげなく切り出した。
「でもよく来たね。もしかしたらもうあれっきりかな、なんて思ってた」
「どうして?」
「だって、このあいだの……真美にはちょっと激しかったかな、なんて……やだ、これ以上言わせないで。照れちゃうじゃない」
カウンター越しに聞いてたケイが、すかさず口を挟む。
「あら、スーにも、照れるなんてことあったの? それにしては大胆だったけどね。ねえ、もう人目もはばからずアソコを広げて、もだえちゃって」
「やだ、ケイってば」
「私もね……」
真美がボソリとつぶやく。
「私も、じつはどうしようかと思ったの。なんだかまた来るのは恥ずかしかったし。ここの扉を開けるのは、大げさだけど、とっても勇気がいった。でもね、そうしなければ何も変わらないような気がしたの。私が女として欠陥があるとは思いたくないの。ケイさんやスーほどでなくてもいいけど、人並みにセックスとかもしたいし、悦びを味わいたい」
「てことは私たちは人並み以上ってわけか」
「まあいいじゃない。でも、それはフツーの願望よ。何もヘンタイじゃない。愛を身体で感じる悦びよ。ねえ、スー」
「そうだよね」
すばやく、ケイと私はキスを交わした。その一瞬の触れあいだけでも、私はなんだか感じてしまう。もっともっとケイが欲しくなってしまう。そんなふたりのしぐさを、真美はちょっとうらやましげに見ていた。
「じゃあ、今日はみんなでケイのマンションに泊まろう。ねえ、それで、愛のレッスン第2章をしましょうよ」
マダム「ねえねえ、あなた、聞いたわよ。危ないドラッグ使って、激しく責められ、半日咆えまくってたんですって?」
いっちゃん「おいこら! 声が大きいぞ。ここだけの、内緒話にしてくれよ」
マダム「いいじゃない、ここは秘密のサロンなんだから、なんでもありよ♪ それにここは虚構の世界なんだから、誰も本気になんぞしやしないわ」
いっちゃん「そういう問題かあ?」
マダム「でも、あなたとは何度かプレイしたことあるけど、けっこう我慢強いほうじゃなかった?ほとんど絶叫なんかしないわよねえ」
いっちゃん「クスリのせいだよ。でも、もともとクスリへの耐性があるらしく、人の2倍は投入したんだが・・・おかげでついつい声が出ちまったが、常に頭はクリアだったな」
マダム「ふつうの人ならとうに意識を失ってる量じゃないの?あなた相手じゃクスリがもったいないわねw でも気をつけなさいよ。加減を間違うと命落とすわよ」
いっちゃん「オレ自身の限界がわからないというのが困ったものだな。まだまだいける、は、もうやめとけ、ということだと肝に銘じておくよ」
マダム「そのほうが賢明ね。で、具体的にはどんなことしたの? 教えて♪」
いっちゃん「それはまた、おいおい、な♪」
マダム「楽しみだわ。また、私とプレイしましょうね♪」
いっちゃん「おいこら! 声が大きいぞ。ここだけの、内緒話にしてくれよ」
マダム「いいじゃない、ここは秘密のサロンなんだから、なんでもありよ♪ それにここは虚構の世界なんだから、誰も本気になんぞしやしないわ」
いっちゃん「そういう問題かあ?」
マダム「でも、あなたとは何度かプレイしたことあるけど、けっこう我慢強いほうじゃなかった?ほとんど絶叫なんかしないわよねえ」
いっちゃん「クスリのせいだよ。でも、もともとクスリへの耐性があるらしく、人の2倍は投入したんだが・・・おかげでついつい声が出ちまったが、常に頭はクリアだったな」
マダム「ふつうの人ならとうに意識を失ってる量じゃないの?あなた相手じゃクスリがもったいないわねw でも気をつけなさいよ。加減を間違うと命落とすわよ」
いっちゃん「オレ自身の限界がわからないというのが困ったものだな。まだまだいける、は、もうやめとけ、ということだと肝に銘じておくよ」
マダム「そのほうが賢明ね。で、具体的にはどんなことしたの? 教えて♪」
いっちゃん「それはまた、おいおい、な♪」
マダム「楽しみだわ。また、私とプレイしましょうね♪」
天井のほぼ中央部には、かなりの重量にも耐えられそうな、頑丈なチェーンブロックが設置されていた。マダムは一休を滑車のほぼ真下、そこから半歩ぐらい後退した位置に立たせ、そして本郷にハンドチェーンの操作を命じる。本郷はかすかに頷いて、無表情にチェーンを引き始めた。
ガラガラと、チェーンの摩擦特有の耳障りな金属音を響かせながら先端のフックがゆっくりと降りてくる。ほとんど目の高さまで降りてきたところで、マダムはそのフックを受け止め、手元に引き寄せて、一休の手枷の環を左右とも、そのフックに引っかけ、外れ止めで固定した。
「ゴン。いいわ。引き上げて」
一休の両手はゆっくりと上に引っ張り上げられていった。両腕がぴたりと左右の耳にくっつくほど真上に引き上げられてもなおフックの上昇は止まらない。マダムの合図がないので、本郷も情け容赦なく、一休を引き上げていく。
足がつま先立ちになり、とうとう床から離れた。一休の全体重をそこで支えることになった手枷は、当然ながら一休の手首に思い切り食い込んだ。一瞬、痛みを予想して息を止めたが、つま先立ったその時からある程度身構えていたせいか、それは覚悟していたほどではなかった。
一休はじわじわと上へ引っ張られ続け、足先が床から50センチほど浮いたところで、やっとマダムのストップがかかった。
「ゴン、この位置でしばらく固定」
マダムはすぐには行動を起こさない。まるで一休をじらすように、そのまましばらく宙ぶらりんの状態で放置した。
引き上げの余韻でかすかに揺れていた身体も、時間の経過とともに落ち着いた。手首は確かにしんどいが、苦情を言うほどのものでもない。むしろ血流の不足でしびれ始めているのかもしれないが、まだ心配する段階ではないだろう。
これならなんとか乗り越えられそうだと思ったのもつかの間、腕が、そして肩がかすかに悲鳴を上げた。最初はほんとうにさりげなく、無視できる程度に。でも、じわじわと確実に一休を責め始め、次第に「苦痛」と認定してもいい感覚になりつつあった。
どれくらいの時間、この宙づりの状態で耐えるのか。おそらく持久戦だ。肩もますます深刻な状況になるだろう。覚悟してゆっくり耐えろ。まだ弱音を吐くには早すぎる。次第に増す苦痛の中、一休はどこか冷めた頭でそんなことを考えていた。
それから10分ほどは経過していただろうか。マダムはやっと、一休の腰のベルトに手をかけた。時間をかければかれるほど一休が辛くなるのは承知の上で、じれったいほどゆっくりとバックルをゆるめはじめた。
いよいよ下半身から脱がされていくわけだ。マダムに逆らった野良への仕置きだから、最後の最後まで完璧に脱がされるだろうな。もう覚悟はできているが。
肩の悲鳴はだいぶ大声になっている。身体がそろそろ窮状を訴え始めたのか、呼吸も次第に荒くなり始め、かすかに汗ばんでもきていた。しかし一休はもうしばらくその苦痛を無視することに決めた。まだ、深刻な段階には至っていない。
ベルトがするりと抜き取られた。マダムの指先はパンツの留め具のあたりでゆっくりと遊ぶ。わざとらしく下腹部のあたりをうごめき、ちょっとうっとりとしたような表情で、一休を下から見上げた。一休はぴんと引っ張り上げられた腕の苦痛を静かに耐え、ゆっくりとした呼吸を心がけながら、そんなマダムを無言で見つめる。
「のんびり楽しみましょうね、坊や。時間はたっぷりあるわ。あなたもまだまだ余裕がありそうだし」
マダムは幸せそうに微笑んだ。
手枷だけで体重を支えて宙づりにされる苦痛を、マダムは十分承知している。宙づりにする場合は、通常ならタオルなり包帯なりでいったん手首を保護してから手枷をするのだが、今回はそれも省略した。本来ならSMプレイ初心者相手にそんな無謀なことはしない。しかし、なかなか根性のありそうなこの坊やがどう反応するかを見たかったのだ。正直言って、少しは辛そうな表情を見せるかと期待(?)していたのに、まだ冷静そのもの。宙づりという体勢にそろそろ身体は悲鳴を上げ始めているようだが、彼の精神はまったく動じていない。もうちょっと負荷をかけても耐えられそうなぐらいだ。見込んだとおり、この子には相当の素質が眠っている。
ゆっくりゆっくりマダムは一休のパンツを脱がせ、あらわになった下半身を見て思わず微笑んだ。
「まあ、この坊やは、ブリーフとかトランクスとかじゃなくて、褌なの? 古風な趣味をしてるわね。でも、引き締まったヒップがより魅力的に見えるわ」
マダムはますます興味をそそられたように、一休のむき出しの尻をじっくり見つめた。ぺたぺたと軽く叩いてから、先ほど一休自身のパンツから抜き取ったベルトを改めて手に取った。マダムのその怪しげな瞳の輝きに、一休はいやな予感がした。あのベルトの持ち方。まさしく、ムチのように・・そろそろ、歯を食いしばる必要がありそうだ。
「さあ坊や、私に逆らった罰よ。すこーし辛くても頑張って耐えなさい。いいわね?」
「はい」
マダムの鋭い瞳を怯むことなく見返して、一休は答えた。
ガラガラと、チェーンの摩擦特有の耳障りな金属音を響かせながら先端のフックがゆっくりと降りてくる。ほとんど目の高さまで降りてきたところで、マダムはそのフックを受け止め、手元に引き寄せて、一休の手枷の環を左右とも、そのフックに引っかけ、外れ止めで固定した。
「ゴン。いいわ。引き上げて」
一休の両手はゆっくりと上に引っ張り上げられていった。両腕がぴたりと左右の耳にくっつくほど真上に引き上げられてもなおフックの上昇は止まらない。マダムの合図がないので、本郷も情け容赦なく、一休を引き上げていく。
足がつま先立ちになり、とうとう床から離れた。一休の全体重をそこで支えることになった手枷は、当然ながら一休の手首に思い切り食い込んだ。一瞬、痛みを予想して息を止めたが、つま先立ったその時からある程度身構えていたせいか、それは覚悟していたほどではなかった。
一休はじわじわと上へ引っ張られ続け、足先が床から50センチほど浮いたところで、やっとマダムのストップがかかった。
「ゴン、この位置でしばらく固定」
マダムはすぐには行動を起こさない。まるで一休をじらすように、そのまましばらく宙ぶらりんの状態で放置した。
引き上げの余韻でかすかに揺れていた身体も、時間の経過とともに落ち着いた。手首は確かにしんどいが、苦情を言うほどのものでもない。むしろ血流の不足でしびれ始めているのかもしれないが、まだ心配する段階ではないだろう。
これならなんとか乗り越えられそうだと思ったのもつかの間、腕が、そして肩がかすかに悲鳴を上げた。最初はほんとうにさりげなく、無視できる程度に。でも、じわじわと確実に一休を責め始め、次第に「苦痛」と認定してもいい感覚になりつつあった。
どれくらいの時間、この宙づりの状態で耐えるのか。おそらく持久戦だ。肩もますます深刻な状況になるだろう。覚悟してゆっくり耐えろ。まだ弱音を吐くには早すぎる。次第に増す苦痛の中、一休はどこか冷めた頭でそんなことを考えていた。
それから10分ほどは経過していただろうか。マダムはやっと、一休の腰のベルトに手をかけた。時間をかければかれるほど一休が辛くなるのは承知の上で、じれったいほどゆっくりとバックルをゆるめはじめた。
いよいよ下半身から脱がされていくわけだ。マダムに逆らった野良への仕置きだから、最後の最後まで完璧に脱がされるだろうな。もう覚悟はできているが。
肩の悲鳴はだいぶ大声になっている。身体がそろそろ窮状を訴え始めたのか、呼吸も次第に荒くなり始め、かすかに汗ばんでもきていた。しかし一休はもうしばらくその苦痛を無視することに決めた。まだ、深刻な段階には至っていない。
ベルトがするりと抜き取られた。マダムの指先はパンツの留め具のあたりでゆっくりと遊ぶ。わざとらしく下腹部のあたりをうごめき、ちょっとうっとりとしたような表情で、一休を下から見上げた。一休はぴんと引っ張り上げられた腕の苦痛を静かに耐え、ゆっくりとした呼吸を心がけながら、そんなマダムを無言で見つめる。
「のんびり楽しみましょうね、坊や。時間はたっぷりあるわ。あなたもまだまだ余裕がありそうだし」
マダムは幸せそうに微笑んだ。
手枷だけで体重を支えて宙づりにされる苦痛を、マダムは十分承知している。宙づりにする場合は、通常ならタオルなり包帯なりでいったん手首を保護してから手枷をするのだが、今回はそれも省略した。本来ならSMプレイ初心者相手にそんな無謀なことはしない。しかし、なかなか根性のありそうなこの坊やがどう反応するかを見たかったのだ。正直言って、少しは辛そうな表情を見せるかと期待(?)していたのに、まだ冷静そのもの。宙づりという体勢にそろそろ身体は悲鳴を上げ始めているようだが、彼の精神はまったく動じていない。もうちょっと負荷をかけても耐えられそうなぐらいだ。見込んだとおり、この子には相当の素質が眠っている。
ゆっくりゆっくりマダムは一休のパンツを脱がせ、あらわになった下半身を見て思わず微笑んだ。
「まあ、この坊やは、ブリーフとかトランクスとかじゃなくて、褌なの? 古風な趣味をしてるわね。でも、引き締まったヒップがより魅力的に見えるわ」
マダムはますます興味をそそられたように、一休のむき出しの尻をじっくり見つめた。ぺたぺたと軽く叩いてから、先ほど一休自身のパンツから抜き取ったベルトを改めて手に取った。マダムのその怪しげな瞳の輝きに、一休はいやな予感がした。あのベルトの持ち方。まさしく、ムチのように・・そろそろ、歯を食いしばる必要がありそうだ。
「さあ坊や、私に逆らった罰よ。すこーし辛くても頑張って耐えなさい。いいわね?」
「はい」
マダムの鋭い瞳を怯むことなく見返して、一休は答えた。
マダムはこの時点ではまだ、一休を本格的にムチ打つつもりはなかった。本人の意志に反して服を脱がせる状況を作るのが第一の目的。ただ少しは過酷な状況にしたかったので、まず、下半身を脱がせるために手を拘束して吊った。しかし、一休のお尻があまりに美味しそうだったので、つい衝動的にベルトを手に取ったのだ。この可愛いお尻をピンクに染めてみたい、この誘惑には逆らえなかった。それにまだ一休は、宙づりの状況に静かに耐えている。これだけでは物足りない。もう少しは顔をゆがめてほしい。
さあ、この子はどの程度、ムチの痛みに耐えられるかしら。ベルトをムチに見立ててマダムは構える。たぶん吊られている状態のせいでちょっと苦しげな息づかいになりつつある一休が、それでも落ち着いた眼差しでベルトを見つめていた。SM初体験。当然、むち打たれた経験もないはず。痛みを知らないがゆえの余裕かもしれない。だからといって容赦はしないわ。子供だましの安っぽいバラムチでぴしゃぴしゃ叩いてSM気分を楽しむなんて生半可なことはしない。この坊やには初っぱなから本気でいくわ。覚悟なさい!
いきなりびしっとベルトが飛んできた。情け容赦のない一撃。一休は思わずぐっと歯を食いしばった。鋭い痛みが尻を直撃し、ベルトは巻き付くように太腿に当たって、むしろ、その太腿への余波の方が強烈な痛みを伴った。ベルトの勢いに、宙づりの一休は身体がしなり、振り回されて、手枷がまた手首に食い込む。ムチのおかげで肩の痛みを一瞬、忘れた。とはいうものの、振り回された衝撃が、よりいっそう肩へ負荷をかけた。さすがに、かすかに顔をゆがめた。しかし一休はうめき声すらもらさない。
この渾身の一撃に、無言で耐えた。よろしい。これならこの可愛いお尻を真っ赤に腫らすまで耐えきることができそうだ。マダムは思わず微笑み、さっきのようにまた尻をぺたぺたと手で叩きながら一休に声をかける。
「さあ、ここが可愛くピンク色に染まるまで頑張るわよ。いいわね。歯を食いしばって!」
「はい!」
一休は吊られた両手をぐっと握りしめ、息を軽く吐いて、痛みに身構えた。
まるでムチの嵐だった。痩身のマダムのどこにそんな筋力があるのかと驚くほど、連続的にベルトのムチは一休を襲い続け、一瞬たりとも休ませてくれない。尻が太腿が、次第に熱を持ってくるのがわかった。一休はただがむしゃらに、必死に、痛みに耐え続けた。ムチを避けようとして身体を反らせたり足をばたつかせたりしても、かえって痛みが増すだけだとわかっていたから、避けたくなる気持ちを殺してただじっとムチを受け続けた。握った拳にますます力がこもり、必死に耐えるあまりなのか、身体全体も小刻みに震えてきた。
まだだ。まだ始まったばかりだ。そう簡単に弱音を吐くつもりはない。くそ。この程度の痛みなぞ、こらえてみせる。
尻が、太腿が、みるみる間に赤く染まり、ところどころにみみず腫れも出来はじめていた。身をよじることなく、ただひたすら耐え続ける一休の、そのゆがんだ表情に、マダムはうっとりしていた。なんと、可愛い坊や。歯を食いしばり、精神統一するように時々目を閉じ、そして再び闘志をかき立てるように目を見開いて、けなげに耐え続ける少年。あんなにお尻を真っ赤に腫らしながら、とうとう悲鳴も上げずに耐えきったじゃないの。素晴らしいMだわ。
さすがにマダムも息を切らしていた。ベルトを取り落とし、まるで芸術作品を鑑賞するように、ほれぼれと赤く腫れた一休の尻をながめ、そして静かに触れた。まさしく痛々しいほど熱を持ったそこにそっと頬を寄せ、ついにたまらずキスをした。ムチの数だけ、キスの雨を降らせた。みみず腫れに舌を這わせた。熱を舐めとるように優しく愛撫した。
ついにムチが止まった。ひとつの試練が峠を越えた。一休はゆっくりと身体の緊張を解いていった。全身が汗ばみ、呼吸はまだ荒かった。痛みの余韻がまだじんじんと響いている。耐えきったという安堵感というより、むしろ放心状態に近かった。マダムが尻に舌を這わせているのに気がついてはいたが、女性からそんなことをされたのはもちろん初めてだが、そんなことをされて恥ずかしいというよりは、正直、熱っぽいそこに、マダムの舌が心地よかった。
マダムは舌を這わせ続けながら、同時に手も動かして、一休の褌をほどきにかかる。尻が、太腿が、肩が、腕が、背中が、手首が、身体のあちこちが苦痛にうめいているはずなのに、なんだかエロティックな気分になりそうな、不安にも似たざわめきが、突然、一休の心に忍び寄ってきた。
さあ、この子はどの程度、ムチの痛みに耐えられるかしら。ベルトをムチに見立ててマダムは構える。たぶん吊られている状態のせいでちょっと苦しげな息づかいになりつつある一休が、それでも落ち着いた眼差しでベルトを見つめていた。SM初体験。当然、むち打たれた経験もないはず。痛みを知らないがゆえの余裕かもしれない。だからといって容赦はしないわ。子供だましの安っぽいバラムチでぴしゃぴしゃ叩いてSM気分を楽しむなんて生半可なことはしない。この坊やには初っぱなから本気でいくわ。覚悟なさい!
いきなりびしっとベルトが飛んできた。情け容赦のない一撃。一休は思わずぐっと歯を食いしばった。鋭い痛みが尻を直撃し、ベルトは巻き付くように太腿に当たって、むしろ、その太腿への余波の方が強烈な痛みを伴った。ベルトの勢いに、宙づりの一休は身体がしなり、振り回されて、手枷がまた手首に食い込む。ムチのおかげで肩の痛みを一瞬、忘れた。とはいうものの、振り回された衝撃が、よりいっそう肩へ負荷をかけた。さすがに、かすかに顔をゆがめた。しかし一休はうめき声すらもらさない。
この渾身の一撃に、無言で耐えた。よろしい。これならこの可愛いお尻を真っ赤に腫らすまで耐えきることができそうだ。マダムは思わず微笑み、さっきのようにまた尻をぺたぺたと手で叩きながら一休に声をかける。
「さあ、ここが可愛くピンク色に染まるまで頑張るわよ。いいわね。歯を食いしばって!」
「はい!」
一休は吊られた両手をぐっと握りしめ、息を軽く吐いて、痛みに身構えた。
まるでムチの嵐だった。痩身のマダムのどこにそんな筋力があるのかと驚くほど、連続的にベルトのムチは一休を襲い続け、一瞬たりとも休ませてくれない。尻が太腿が、次第に熱を持ってくるのがわかった。一休はただがむしゃらに、必死に、痛みに耐え続けた。ムチを避けようとして身体を反らせたり足をばたつかせたりしても、かえって痛みが増すだけだとわかっていたから、避けたくなる気持ちを殺してただじっとムチを受け続けた。握った拳にますます力がこもり、必死に耐えるあまりなのか、身体全体も小刻みに震えてきた。
まだだ。まだ始まったばかりだ。そう簡単に弱音を吐くつもりはない。くそ。この程度の痛みなぞ、こらえてみせる。
尻が、太腿が、みるみる間に赤く染まり、ところどころにみみず腫れも出来はじめていた。身をよじることなく、ただひたすら耐え続ける一休の、そのゆがんだ表情に、マダムはうっとりしていた。なんと、可愛い坊や。歯を食いしばり、精神統一するように時々目を閉じ、そして再び闘志をかき立てるように目を見開いて、けなげに耐え続ける少年。あんなにお尻を真っ赤に腫らしながら、とうとう悲鳴も上げずに耐えきったじゃないの。素晴らしいMだわ。
さすがにマダムも息を切らしていた。ベルトを取り落とし、まるで芸術作品を鑑賞するように、ほれぼれと赤く腫れた一休の尻をながめ、そして静かに触れた。まさしく痛々しいほど熱を持ったそこにそっと頬を寄せ、ついにたまらずキスをした。ムチの数だけ、キスの雨を降らせた。みみず腫れに舌を這わせた。熱を舐めとるように優しく愛撫した。
ついにムチが止まった。ひとつの試練が峠を越えた。一休はゆっくりと身体の緊張を解いていった。全身が汗ばみ、呼吸はまだ荒かった。痛みの余韻がまだじんじんと響いている。耐えきったという安堵感というより、むしろ放心状態に近かった。マダムが尻に舌を這わせているのに気がついてはいたが、女性からそんなことをされたのはもちろん初めてだが、そんなことをされて恥ずかしいというよりは、正直、熱っぽいそこに、マダムの舌が心地よかった。
マダムは舌を這わせ続けながら、同時に手も動かして、一休の褌をほどきにかかる。尻が、太腿が、肩が、腕が、背中が、手首が、身体のあちこちが苦痛にうめいているはずなのに、なんだかエロティックな気分になりそうな、不安にも似たざわめきが、突然、一休の心に忍び寄ってきた。
「まあ、とうとう下半身は降参ね。すっかり丸裸よ。おまけにお尻を真っ赤に腫らして。でも坊やのおチンチンはちょっと感じてるんじゃないの? どうなの?」
マダムは意地悪く、すっと指先で一休のペニスをなでた。健康な若者なら、女性にそこを触られて感じないはずはない。一休も、正常な神経を持つ、健康な若者であった。そしてマダムは、ペニスのどこをどんな風に刺激すれば感じるか、まさしく知り尽くしている。これで感じるなというほうが無理であった。
マダムは一休のペニスを巧みに愛撫し続けながらささやいた。
「さあ、白状なさい。やっぱりおまえはマゾね。手枷で宙づりにされて、お尻をムチ打たれ、真っ赤に腫らして、そして恥ずかしい姿をさらして、感じてる。マゾだね」
一休はごくりとつばを飲み込んだ。感じている余裕などないはずだが、確かに感じていた。それは主に物理的接触のゆえだろうとは思うが、マダムの言葉を完璧には否定できなかった。オレはもしかしたら、マゾなのか? 試練を好み、自分を追い込むのが好きなオレは。さっさと弱音を吐けばいいものを、必死に苦痛をこらえ、つまり苦痛の状態を長引かせているオレは、マゾなのか?
「どうなの? 返事をおし!」
マダムは、一休のペニスを力任せにぎゅっと握った。予期してなかった苦痛に思わず息を止め、食いしばった歯の間から一休は答えた。
「・・・わかりません」
「そう、ね。まだわからないのかもね。そう簡単に答えがわかったら、私の楽しみも減るわ。じっくりおまえの身体に聞くことにしましょう。おまえも、もう少し、自分自身の身体に問いかけてごらん。そうだね。この、かわいそうに真っ赤に腫らしたお尻の痛みを少し忘れさせてあげよう」
マダムは不気味に微笑んだ。先ほど枷を選んだ例の飾り棚に歩み寄ると、本郷を呼び寄せ、なにやら重りのようなものを本郷に持たせて、再び一休の足下に戻ってくる。
「まだおまえは悲鳴をあげずに耐えられる余裕がある。だから宙づりの辛さをもうちょっと教えてあげるね。せっかくこうやってつられてるんだ。十分に堪能しなければもったいないものね」
マダムは本郷に指示して、一休の足枷に20キロほどの重りをジョイントさせた。重りと足枷をつなぐチェーンにはまだゆとりがあったので、この重りはまだ一休への負担にはなっていない。しかし一休は、次に襲いかかる試練を予想して、はっと息を飲み込んだ。
「ゴン、あと1メートル、引き上げて!」
どうなんだ? 今でも十分、身体のあちこちが悲鳴を上げている。さらなる重りの負荷に、オレは耐えられるのか? 正直、迷いながら、目を閉じた。
再びゆっくりと一休の身体は上昇を始めた。足下にぶらさがる重りのチェーンがぴんと張り、次の瞬間、一休の身体がぐいと上下に引っ張られた。思わず一休は、かすかなうめき声をもらした。この部屋で最初にあげたうめき声だった。
「どうだい、重りの味は。さすがに、もう降参するかい?」
なぜだ。なぜオレは降参しない? なぜ、もうやめてくれと叫ばない? なぜだ? もうちょっと、もうちょっとだけ。あと、せめて、数分だけ・・・粘ってから、降参しても・・・くそ・・・
マダムは一休の表情をじっと見つめた。この子は、もう少し、知りたがっている。自分の身体が、どう感じるかを・・
マダムはちらりと時計を見た。
「よし、この状態で、あと30分。耐えられるなら耐えてみなさい。そうしたら、おろしてあげよう」
一休は、歯を食いしばったまま、かすかに頷いた。
なんて子だ。この子は、たんなるマゾではない。この子は、いったい・・・
腕の筋は伸びきり、痛みは背中や脇腹へも広がっていった。自分の意志で鉄棒などにぶら下がるのとは違って、頭をきつく挟むように両腕は強引に上に引っ張られ、そして下半身は重りで下に引っ張られ、無理な体勢を強いられ続けて呼吸すら苦しかった。横隔膜を必死に上げ下げしようと身体が普段以上に努力しているのだ。そして肩の痛みはますます耐え難いものになりつつあった。関節が外れないよう、伸びきった筋肉をなんとか縮めようとして、身体全体が戦っているのが分かる。じっと動かないでいるのに、重労働でもしているかのように汗が噴き出し、心臓もフル回転している。
精神的に苦痛に耐えるというよりは、むしろ体力勝負だ・・・一休は思った。重力に逆らって空中にぶら下がった状態に、どこまでオレの筋肉が耐えられるか、ということだ。ムチのような急激な痛みなら、気力で耐えることもできる。しかし、こうやってじわじわと肉体を痛め続ける苦痛は、気力だけで乗り越えようとすると、身体がついて来られずに悲惨な結果になる可能性もある。
一休の顔から汗がしたたり落ちていた。涙すら混じっていたかもしれない。息苦しくて体勢を変えたくても、腕を動かすことすらできない。指先はすっかりしびれている。そろそろ肉体の限界か? どの段階で、オレは諦めたらいいのだ? もうちょっとがんばれそうな気もする。でも、もうちょっとがんばったら身体がぼろぼろになりそうな気もする。問題は今この瞬間じゃなく、先のダメージだ。経験則が少なすぎる。くそっ。わからん・・・。
マダムは意地悪く、すっと指先で一休のペニスをなでた。健康な若者なら、女性にそこを触られて感じないはずはない。一休も、正常な神経を持つ、健康な若者であった。そしてマダムは、ペニスのどこをどんな風に刺激すれば感じるか、まさしく知り尽くしている。これで感じるなというほうが無理であった。
マダムは一休のペニスを巧みに愛撫し続けながらささやいた。
「さあ、白状なさい。やっぱりおまえはマゾね。手枷で宙づりにされて、お尻をムチ打たれ、真っ赤に腫らして、そして恥ずかしい姿をさらして、感じてる。マゾだね」
一休はごくりとつばを飲み込んだ。感じている余裕などないはずだが、確かに感じていた。それは主に物理的接触のゆえだろうとは思うが、マダムの言葉を完璧には否定できなかった。オレはもしかしたら、マゾなのか? 試練を好み、自分を追い込むのが好きなオレは。さっさと弱音を吐けばいいものを、必死に苦痛をこらえ、つまり苦痛の状態を長引かせているオレは、マゾなのか?
「どうなの? 返事をおし!」
マダムは、一休のペニスを力任せにぎゅっと握った。予期してなかった苦痛に思わず息を止め、食いしばった歯の間から一休は答えた。
「・・・わかりません」
「そう、ね。まだわからないのかもね。そう簡単に答えがわかったら、私の楽しみも減るわ。じっくりおまえの身体に聞くことにしましょう。おまえも、もう少し、自分自身の身体に問いかけてごらん。そうだね。この、かわいそうに真っ赤に腫らしたお尻の痛みを少し忘れさせてあげよう」
マダムは不気味に微笑んだ。先ほど枷を選んだ例の飾り棚に歩み寄ると、本郷を呼び寄せ、なにやら重りのようなものを本郷に持たせて、再び一休の足下に戻ってくる。
「まだおまえは悲鳴をあげずに耐えられる余裕がある。だから宙づりの辛さをもうちょっと教えてあげるね。せっかくこうやってつられてるんだ。十分に堪能しなければもったいないものね」
マダムは本郷に指示して、一休の足枷に20キロほどの重りをジョイントさせた。重りと足枷をつなぐチェーンにはまだゆとりがあったので、この重りはまだ一休への負担にはなっていない。しかし一休は、次に襲いかかる試練を予想して、はっと息を飲み込んだ。
「ゴン、あと1メートル、引き上げて!」
どうなんだ? 今でも十分、身体のあちこちが悲鳴を上げている。さらなる重りの負荷に、オレは耐えられるのか? 正直、迷いながら、目を閉じた。
再びゆっくりと一休の身体は上昇を始めた。足下にぶらさがる重りのチェーンがぴんと張り、次の瞬間、一休の身体がぐいと上下に引っ張られた。思わず一休は、かすかなうめき声をもらした。この部屋で最初にあげたうめき声だった。
「どうだい、重りの味は。さすがに、もう降参するかい?」
なぜだ。なぜオレは降参しない? なぜ、もうやめてくれと叫ばない? なぜだ? もうちょっと、もうちょっとだけ。あと、せめて、数分だけ・・・粘ってから、降参しても・・・くそ・・・
マダムは一休の表情をじっと見つめた。この子は、もう少し、知りたがっている。自分の身体が、どう感じるかを・・
マダムはちらりと時計を見た。
「よし、この状態で、あと30分。耐えられるなら耐えてみなさい。そうしたら、おろしてあげよう」
一休は、歯を食いしばったまま、かすかに頷いた。
なんて子だ。この子は、たんなるマゾではない。この子は、いったい・・・
腕の筋は伸びきり、痛みは背中や脇腹へも広がっていった。自分の意志で鉄棒などにぶら下がるのとは違って、頭をきつく挟むように両腕は強引に上に引っ張られ、そして下半身は重りで下に引っ張られ、無理な体勢を強いられ続けて呼吸すら苦しかった。横隔膜を必死に上げ下げしようと身体が普段以上に努力しているのだ。そして肩の痛みはますます耐え難いものになりつつあった。関節が外れないよう、伸びきった筋肉をなんとか縮めようとして、身体全体が戦っているのが分かる。じっと動かないでいるのに、重労働でもしているかのように汗が噴き出し、心臓もフル回転している。
精神的に苦痛に耐えるというよりは、むしろ体力勝負だ・・・一休は思った。重力に逆らって空中にぶら下がった状態に、どこまでオレの筋肉が耐えられるか、ということだ。ムチのような急激な痛みなら、気力で耐えることもできる。しかし、こうやってじわじわと肉体を痛め続ける苦痛は、気力だけで乗り越えようとすると、身体がついて来られずに悲惨な結果になる可能性もある。
一休の顔から汗がしたたり落ちていた。涙すら混じっていたかもしれない。息苦しくて体勢を変えたくても、腕を動かすことすらできない。指先はすっかりしびれている。そろそろ肉体の限界か? どの段階で、オレは諦めたらいいのだ? もうちょっとがんばれそうな気もする。でも、もうちょっとがんばったら身体がぼろぼろになりそうな気もする。問題は今この瞬間じゃなく、先のダメージだ。経験則が少なすぎる。くそっ。わからん・・・。


